上海に居を移したミシュラン二つ星シェフ、ニコラ・ル・ベック氏の店

外観

庭園側から見た建物。かつての高級将官の邸宅をリノベーションした3階建ての一軒家です。旧共同租界エリアの一角にあります。


租界時代の名残を残す洋風のオールドハウスが並ぶ新華路に、2014年春、「Bistro 321 Le Bec」がオープンしました。1930年代に建てられた庭園付き一軒家で、その一部をビストロにしています。

シェフを務めるのは30代の若さでミシュランの二つ星を獲得し、フランス・リヨンの天才とも奇才とも呼ばれるニコラ・ル・ベック氏。
驚いたことに監修やアドバイザーという立場ではなく、2012年にフランスの店を閉め、シェフ自身が上海に移住して店を開いているのです。

ニコラ・ル・ベック氏

ニコラ・ル・ベック氏。リヨンでの一番の愛弟子は日本人の鷹野孝雄氏。「Takaからもらった日本の包丁は上海でも大切に使っていますよ」と、目を細めます。鷹野氏もまた、リヨンにある自身の店でミシュランの星を獲得しています。

その理由としてはまず、ル・ベック氏はフランスの店で一緒に働いていた中国の女性と結婚していて、中国に縁があるということ。
また、以前から中国やシンガポール、ブラジルといった活力のある国に行って料理で深く交流してみたいという思いがあったからだそうです。
奥さんから国に帰りたいと聞いたとき、そのタイミングで中国の中でも最も発展している上海に店を開くことを決めたといいます。40代に入り、新たな挑戦をしてみたいという気持ちも高まっていました。「迷いはありませんでしたね」とのこと。

未知のスタートということもあり、フランスからスタッフは呼ばず、上海に一緒に来たのは奥さんのみ。上海で一から運営チームを作り、人を育て、食材を探したそうです。調理スタッフを含めて4~50人いるチームの多くが中国人で、食材もフランス産のものはごく一部。ほとんどは中国の食材を吟味して使っています。
「フランスと日本は文化の交流が深いレベルで行われているので、素晴らしいフランス料理を作れる日本人がたくさんいます。でも、中国はまだまだこれから。これだけの広い土地と豊かな食文化のある国です。優秀な人材も優れた食材も、間違いなく存在します。これは美しい挑戦なのです」と、シェフは語ります。



シャルキュトリーが絶品のビストロ料理

シャルキュトリー類

2種のシャルキュトリーと瓶に詰められたオードブル類。自家製カンパーニュも美味。「上海は何でも新しいものにあふれているので、ビストロではあえてクラシックな料理を中心に出しています」と、シェフ。


ビストロで出しているのは気取りのないフランスの伝統料理が中心です。

どれも素晴らしいのですが、特筆するならばシャルキュトリー(肉の加工品の意味)。ル・ベック氏のシャルキュトリーはまるで小宇宙。たとえば「5つのスパイスが香る豚と鶏のパイ」。中国の食材の特徴をよくとらえながら、肉、内臓、野菜、ナッツ類、スパイス、ジュレなど何十種類もの材料を組み合わせ、フランススタイルのシャルキュトリーへとまとめ上げる力は見事としか言いようがありません。パイ生地も実に緻密。これだけの材料を使っていても一つとして余計なものがなく、その味や食感、香りからは生命力を感じます。

自家製のパンもクラシックな料理を受け止めるどっしりとした大地の味わい。パンとワイン、それにシャルキュトリーだけで、もう十分に幸せです!

苺のタルト

「本日のタルト」より苺のタルト。幸福感のあるボリュームです。デザートはほかにも瓶入りのプディングやフラン、マカロンなど多種揃っています。

面白いのは、「Les Pots Sales」とメニューに書かれたオードブル類。いずれも直径8センチくらいの丸い瓶に詰められて出てきます。瓶はフランスから持ってきたもの。
「フランスの家庭ではパテやリエットをこんなふうに瓶に詰め、家族でシェアして食べます。ここもビストロですから、誰かとシェアして味わってほしいという願いをこめています。一人の場合でも、食べきれなければ持ち帰って冷蔵庫に入れておき、少しずつ楽しむこともできるのです」と、シェフ。食べきれないときは本当に瓶ごとテイクアウトができるそうです。
瓶詰めオードブルの一つ、「Foie Gras de Canard “Mi-cuit” au Cognac」は火を半分だけ通した鴨のフォアグラにコニャックを濃厚に組み合わせたもの。官能の味わいです。

ビストロ内観

ビストロの2階席。木とレンガを多用した温かみのある空間。

マッシュポテトにも彼のパッションと優しさがあふれています。一般的にはサイドディッシュとされますが、ここでは野菜料理のメニューの一つ。舌にのせた途端にバターが甘美に香り、溶けていくようになめらか。
「ジャガイモ一つとっても、中国のものは味もデンプンの量もフランスのものとは違うし、一つ一つの質が揃っていない。そういう中で、いかに理想とする味を作っていくか。僕はここで生活している。日本人にとってお米がかかせないように、ジャガイモはフランス人にはなくてはならないものですからね」。