「毒母バッシング」が鳴りやまないのはなぜ?

手錠をつけた女性

魔女狩りのごとく、人々の心を怒りに駆り立てる「毒母バッシング」

ここ数年、子どもに苦しみを与える母、「毒母」への非難がちょっとしたブームになっています。女優 小川真由美さんの娘が執筆した『ポイズン・ママ』(文藝春秋)、女優 遠野なぎこさんの『一度も愛してくれなかった母へ、一度も愛せなかった男たちへ』(ブックマン社)、タレント 小島慶子さんの『解縛』(新潮社)など、芸能人による「毒母」暴露本も次々に出版され、話題を呼んでいます。

子どもを私物のように扱い、支配して苦しめる母親は、たしかに存在します。とはいえ、こうした毒母のエピソードが世に出るたびに人々は冷静さを失い、魔女狩りのようなバッシングに終始してしまいます。では、どうして毒母の話は、人の感情を異常に煽るのでしょう? そこには、人間の無意識に共通して潜む「母なるものへの怖れ」が影響しているように思うのです。

人々の心に潜む「グレートマザー」のイメージ

分析心理学を築いた精神科医、C.G.ユングは人間が共通して「母親」に対して抱くイメージは2つのものがあると説きました。一つは、子どもを純粋に慈しみ、愛情深く育てる母のイメージ。もう一つは、子どもを支配して、のみ込んでしまう恐ろしい母のイメージです。ユングは、この二面性を帯びた母親のイメージは誰の心にも存在するものと考え、これを「グレートマザー」と名付けました。

「グレートマザー」の典型といえば、インドの女神「鬼子母神」です。人間の子どもたちを平気でさらい、むさぼり食っていた鬼子母神。そのむごさを見たお釈迦様は、罰として鬼子母神の末子を隠してしまい、わが子を失った鬼子母神は自分の罪に初めて気づきます。そして、子どもを守る神として生まれ変わったという神話はあまりにも有名です。

このように極端な二面性を持つ母親像は、世界中の神話や物語に共通して存在しています。『古事記』に登場する女神イザナミ、『グリム童話』の「ヘンゼルとグレーテル」の魔女、日本の昔話に登場する山姥など、人間が感じる母親的女性への印象は、優しさや慈愛といった善良なイメージがある一方で、その裏には欲望のためには子どもをのみ込み、つぶしてしまうほどの邪悪なイメージも併せ持っているように思うのです。

次のページでは、そんな母親イメージの二面性についてより深く考えてみましょう。