現実の“ほろ苦さ”に光をあてる
日本版ならではのインド・ミュージカル
『ボンベイドリームス』撮影:宮川舞子
インド・ミュージカル映画界の影のスターともいえる作曲家、A・R・ラフマーン。彼の“コテコテ感”溢れる音楽とインド映画さながらの振付に彩られた『ボンベイドリームス』は、2002年にロンドンで開幕、現地に多数在住するインド系の人々はもちろん、筆者を含む多くの人々をとりこにしてきました。
その民族色の濃さゆえに来日キャスト版でなければ日本上演は無理かと思われていた本作ですが、初演から10年以上を経て満を持して登場した日本版は、「なるほど」と唸らせる独自の風合い。冒頭の「ボンベイドリームス」や中盤の「シャカラカ・ベイビー」といったショー要素の強いナンバーでは、ロンドン版が前者ならスラムの人々、後者では撮影している映画のキャスト…と、その場面に「いるはずの人々」に出演者を限定していましたが、日本版ではそれにこだわらず、主だったキャストは全員参加。音楽や振付もどこまでも正統派インド・ミュージカルを追求するというより、ヒップホップ的な音を取り込むなど、誰もが入り込みやすい、おおらかな作りとなっています。
『ボンベイドリームス』撮影:宮川舞子
その一方ではロンドン版がインド・ミュージカル映画同様、「実人生はつらく苦しい、だからこそここでは夢を見よう」とばかりに突き抜けた絢爛世界に重きを置いていたのに対して、日本版ではより、社会の抱える矛盾や影の部分を浮き彫りに。お互いに惹かれあいながらも身分が異なり、単純には未来を考えることができないアカーシュ(浦井健治さん)とプリヤ(すみれさん)、愛する人を守りたい一心でダークな世界に入り込んでゆくヴィクラム(加藤和樹さん)らの姿を通して、楽しいばかりでなく、ほろ苦い余韻を残す舞台を作り上げています。
『ボンベイドリームス』撮影:宮川舞子
アカーシュ役の浦井さんは“スラムの住人から一夜にして銀幕のスターへ”と駆け上がるにふさわしい煌めきと、溌剌とした歌、ダンスを披露するだけでなく、夢をかなえたことで逆に自身を見失いかける若者像を起伏豊かに体現。プリヤ役のすみれさんも、独立心旺盛な箱入り娘が一人の社会人へと成長してゆく様を、父親との口論ナンバー、揺れる思いを吐露するソロ、そして幕切れのデュエットを通してこまやかに表現しています。憂いと襞のあるその声は一昨年の出演作と比べてもいっそう力強いものとなり、とりわけ「Only Love」の深み或る歌唱は、ロンドン版のオリジナル・キャストより魅力的。その目覚ましい進化に、今後の活躍がますます期待されます。
『ボンベイドリームス』撮影:宮川舞子
またロンドン版との最大の違いともいっていいヴィクラムの人物像には、加藤和樹さんがその骨太の存在感で説得力を与え、
インタビューでおっしゃっていたように単純な悪役ではない造型となっています。ロンドン版では終盤の「ウェディング・カッワーリー」で踊る程度だったこの役ですが、今回は2幕冒頭の「チャイヤ・チャイヤ」と「ウェディング~」で歌声も披露。後者はマフィアのボス、JK(阿部裕さん)とのデュエットで、悪に囚われた人間の狂気を、中低音から高音まで張った声のまま往来する独特の歌唱とダンスで魅せています。
加えて、今回はスラムの長老で住人たちの“母”的存在であるシャンティを、久野綾希子さんが演じているのも嬉しいキャスティング。虐げられた者の芯の強さと慈愛が滲む歌と演技に、彼女がかつて陰影深く演じた『キャッツ』日本初演のグリザベラ役が思い出されます。“長老”役の彼女がダンスナンバーで他のキャストに溶け込み、ノリノリで踊っていたのには驚かされましたが…。
今回の公演では、カーテンコールの終わりに皆で「シャカラカ・ベイビー」を歌うというのが一つの趣向。振付は
公式HPでも紹介されていますが、上半身だけならひとむかし前の“パラパラ”のような、比較的覚えやすい手踊りです。“同じ阿呆なら…”ではありませんが、ちょっとだけ予習しておけば観劇時の楽しさも倍増。帰途はきっと“シャカラカ・ベイビ~、シャカラカ・ベイビ~”のサビが体内を駆け巡ることでしょう。