バブル崩壊後に本格稼働した日本のCSR

解説

公害問題は継続的な企業姿勢改善には至らなかった

次に日本のCSRの実情を見てみます。戦後の経済発展過程において、初めて企業の社会的責任が大きくクローズアップされたのは、60年代に続発した公害問題でした。70年代、オイルショックで便乗値上げが発生したときにも、「企業の社会的責任」は厳しく追求されることになりました。また80年代後半のバブル経済全盛期においては、企業の社会貢献を旗印としたボランティア活動や文化貢献を掲げるメセナ活動なども盛んに行われていました。

しかしいずれのケースにおいても、企業の対応は個々の問題への対処か、好景気を背景にした一時的な活動の域を出ないものでした。すなわち、先にあげた第二の要素である活動の「継続性」の観点から、本来のCSRの理念からは程遠いものであったというわけなのです。

日本でCSRが本格的に議論されるようになったのは、90年代のバブル経済崩壊後のこと。これにはいくつかのきっかけがありました。ひとつは不祥事を起した企業の対応への不信感から、米国型コンプライアンスの考え方が導入されはじめたこと。そして、地球規模での環境問題への関心の高まりです。

これらの問題により、企業と社会がお互いに発展していくための持続的な可能性について議論が活発になっていきます。そして、2000年代に入って経団連も「企業行動憲章」にCSRの考え方を盛り込むに至ったのです。

高CSR企業、富士フィルムの取り組み

では具体的にどの日本企業が、CSR経営として進んでいるのでしょう。雑誌「東洋経済」では07年からCSR企業ランキングというものを発表しています。注目すべきは、最近3年間、1位、2位、2位と安定的に高評価を得ている富士フィルムホールディングスです。

解説

3年連続CSRで高い評価を得ている富士フィルム

人材面では、各事業所でのワーク・ライフ・バランスセミナー開催や、65歳までの全員雇用やLGBT(性的少数者)の権利尊重など、先進的なダイバーシティ(差別のなき多様性への対応)への取り組みがなされています。また労働災害度数率でも、11年度0.00、12年度0.09と、製造業でありながら極めて低い水準を維持するなど、総合的にみての働きやすい職場づくりが高い評価を得ているのです。

企業活動の社会性においても、「富士フイルム・グリーンファンド」を通じた多数のNPO・NGOの活動支援や、発展途上国向けの低価格デジタルカメラの開発・販売などが注目されています。このようなワールドワイドでかつ高いレベルでの継続的社会貢献姿勢は、日本企業においては特筆すべき存在として評価されています。

CSR経営は、大企業にとってもその多くはだままだ課題を抱えた状況であることは確かですが、企業組織である以上中小企業にも決して無縁なものではありません。これからの企業経営を考える時、就労環境の整備や地域経済活性化への積極的な関与など、経営が主体性を持って継続的にできることから取り組む姿勢は、中小企業にも一層求められる時代になっていくことでしょう。


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