メタル・ハードコアから渋谷系へ
ガイド:昨年、2013年に野佐怜奈さんにインタヴューさせて頂きました。彼女は、2009年までその名はスペィドでRubyとしてボーカルを担当していたんですよね。スペィドとしてのデビュー・アルバム『ダイヤル“S”をまわせ!』(2009年)は、彼女がいた時代の作品と理解しています。この時期のスペィドは、渋谷系~スパイ歌謡的音楽性という印象があります。SLF!!さんは、元来その辺りの音楽が好きだったのですか?
歌姫、野佐怜奈ヒストリー (All Aboutテクノポップ)
ダイヤル“S”をまわせ! (amazon.co.jp)
S:
実は渋谷系全盛期はメタル・ハードコアバンドをやっていて、そこいらへんは国内音楽は全部スルーしてたんですよ。それから2000年代頭に実験的にテクノポップをやりはじめた事がきっかけになって、後追いで入って渋谷系が終焉する様子を末席で眺めていました。そこで知り合ったのがエイプリルズです。スペィドを立ち上げる前でした。
ガイド:
なるほど。エイプリルズとの出会いは重要だったんですね。渋谷系で好きなのは?
S:
渋谷系といえばCitrusやyes mama ok?が好きでしたね。もちろんピチカート・ファイヴも欠かせませんが、他に加えるならば、子供の頃に聞いてた60~70’s映画サントラのバカラックやルグラン等も渋谷系ルーツミュージックとして聞き直したりしてました。まあそれで、そういった要素と子供時代に受動的に聞いていた昭和アニソン等とミックスしてカタチにしてみたら面白かろうというアイデアを基にしていたのがRuby時代までのスペィドでした。
渋谷系から暗黒カワイイ系に
ガイド:その後、スペィドはサウンド的にはよりエレクトロな方向に、スタイル的には暗黒カワイイ路線にシフトしていきますよね。どちらも好きなのですが、どのようなきっかけでそちらの方向に行くことになったのですか?
S:
ATGがボーカルとして加入した事が何より大きかったです。前作もそうですが、基本的に自分が作る楽曲は全て歌い手ありきのオートクチュールなので、彼女のキャラクターを慎重に採寸し、ミッド80’s以降の能動的に音楽を聞き始めた自分の音楽ルーツを素材としてパターンを起こし、ナウなお客さんにも受け入れてもらえるように現代的なアレンジで裁断し、ライヴで楽しめるフィット感を演出するように仕立てあげるっていう寸法です。