2014年9月に開始されて以来、人気はうなぎのぼり、視聴率も絶好調である。かく言う私も、欠かさず観ては涙し、腹を抱えている一人だ。
ご存じの方も多いと思うが、念のため少しだけ紹介しよう。
時は大正。日本に本格的なウィスキーをと奮闘する亀山政春ことマッサン。ウイスキーの本場、スコットランドへの留学中に出会ったエリー。二人は結婚し、はるか遠く日本へと海を渡る。 なお、この作品には実在のモデルがいる。日本にウイスキーを誕生させた竹鶴政孝とその妻リタだ。
余談になるが、あくまでもこの作品はフィクションとして再構成したもので、作家である羽原大介のオリジナルであると但し書きがついている。(参考:外部記事)
テーマは日本人の底力
チーフプロデューサーの櫻井賢は語る。「不器用な日本男児と気品あふれるスコットランド人妻というデコボコ夫婦が織りなす、大いに笑って、大いに泣ける夫婦の人情喜劇です。海外から日本にやってきたヒロインの眼差しを通して、厳しい時代を生き抜いた日本人の底力を豊かに描き出します」
櫻井の言う「日本人の底力」とは何なのか?ただ単に「苦節数十年、やっと夢を実現できました」という立身出世ドラマではないのだろう。人情喜劇の裏にしっかりと根を張る「底力」に注目したい。
大阪という町の底力
デモクラシーというイデオロギーを、庶民自らもが胎動させた特筆すべき時代。庶民のエネルギーが沸点に達していたであろうことは、想像に難くない。マッサンとエリーが暮らす大阪の町は活気にあふれていた。あらゆるものを吸収し、大いなる跳躍をしようとする熱意が充満する町。櫻井の語る「日本人の底力」を体現する大阪が、まずは舞台となっている。しかし、それでもなお、金髪の妻は珍しい。わざわざ、海外から娶(めと)らずとも、日本にはたくさんの撫子(なでしこ)が咲いている。なおかつ、その夢は誰も聞いたこともないウイスキーという名の西洋酒。そんなものは必要ない。日本には清酒もどぶろくも焼酎もあるではないか。ちょっとハイカラなところでは果実酒・ワインだってある。
「あいつ、西洋かぶれじゃないのか」
日本人の底力どころか、異国のハイパワーではないか。周囲がマッサン夫婦との距離を置きたくなる、そんなシチュエーションだ。隣人達の冷たい目、排他的な雰囲気がうずまいてもおかしくない。周りはみんな敵。それはそれで、ドラマとなっただろう。
女房達の底力~井戸端仲間
だが、この作品は違う。もちろん前述のような憎まれ役も登場はする。だが、全体として、何とも言えぬ暖かさにあふれているのだ。それは、マッサンとエリーを囲む「ご近所さん」の存在が醸し出すものだ。今の政治家たちが語る「地域の絆」的なトップダウンのものではない。すでに述べたように、大正デモクラシーの一面でもあった庶民からのボトムアップ、つまり底力の源泉としての「ご近所」だ。向こう三軒両隣の女房達が井戸端(いどばた)での世間話を楽しむ。悩みを言い合い、愚痴をこぼす。共感や率直な反発が行き交う場所がそこにある。誰かが熱を出せば野菜やイノシシ肉、氷を持ち寄る。そんな「ご近所」という存在がしっかりと根を下ろしている。だからだろう、この作品には井戸端シーンがちょくちょく顔を出す。井戸端仲間、これこそが櫻井が「日本人の底力」をわき出すものの一つとして描きたかったものだろう。
ところで……。
ここまで、読んでくださった方から、「おいおい」と言う言葉が聞こえそうだ。
「おいおい、お前は将棋ガイドだろう。マッサンの面白さはさておき、将棋はどうなった?」
たしかに……。だが、もう少しお付き合い願いたい。