すっかりジャズ大国になった日本ですが、ジャズが一般に浸透するまでには、その普及に一役買った昭和の歌謡界の歌姫たちの存在を抜きには語れません。今回はジャズに魅せられた昭和の歌姫たちをご紹介いたします。
美空ひばり「ナットキング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う」より「スター・ダスト」
ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う
ひばりがジャズを初めて吹き込んだのは1953年、十六歳の時でした。当時、本国アメリカではモダン・ジャズの最盛期にまさに入らんとしている状態。日本でもジャズが、ようやく戦後を過ぎて受け容れられるようになった時代です。
この時代にいち早くジャズを自分のものとして盛んに取り入れていったのが、1946年に九歳でデビューした早熟の天才シンガー美空ひばりだったのです。
当時は、アメリカの音楽イコールジャズと呼ばれた時代。ロックンロールやラテン、そしてもちろんジャズが一緒くたになってジャズというくくりで楽しまれていました。
この「ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う」もそういった意味で、純粋のジャズではありません。ポピュラーシンガーとして成功した後のナット・キング・コールのヒット作をひばりが自分流に歌ったものです。
有名曲がズラリと並びますが、やはり一曲目のスタンダード「スター・ダスト」が素晴らしい出来です。このひばりによる「スター・ダスト」は、テレビでもCM等で再三使われているので、一度は耳にしたことがあるかもしれません。
メロディをストレートに歌い上げているだけなのに個性を感じさせる歌唱は、さすがとうならせる旨さを感じます。昭和を代表する実力派の面目躍如といった名唱です。
かく言う私も、リアルタイムでのひばりの歌は「川の流れのように」くらいしか思い浮かばず、その素晴らしさはあまり実感がないものでした。
二十代の頃、大先輩のサックス奏者秋本薫氏に率直にこの質問をぶつけてみたことがあります。
「美空ひばりってどう思いますか?」
「凄いよ」
その時の秋本さんの答えです。お前は何もわかってないなといった顔つきで、秋本さんは続けました。
「数えきれないくらいヴォーカルと仕事したけど、一緒にやってて震えが来たのは、ひばりだけだよ」
サックスでのレコード吹込み枚数の日本記録を持っていた秋本氏。そんな百戦錬磨のミュージシャンをして、「凄い」と言わせるひばりの魅力はどこにあるのか、その時の私にはわからなかったのです。
それから何年かしたある日、何気なくつけたテレビから流れてきたこの「スター・ダスト」を聴いて、初めて心の底からいいなと思えたのです。
テロップで美空ひばりと知って、「凄いよ」と言った秋本さんの顔が浮かんできました。早速、レコード店で探し手に入れたのがこの「ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う」でした。
ナット・キング・コールは、私の母が好きで子供の頃、家のステレオからよく流れていました。そんな聴き覚えのあるポップス界の大スター、ナット・キング・コールの名唱が、ほとんど同じようなアレンジでひばりによって丁寧に歌われていきます。
ときおり入る日本語の歌詞も、ノスタルジックで味わいの深いものです。日本語で歌わせたら、お手の物のひばり。特に「プリテンド」での日本語の歌詞はじっくり聴く程に、胸にしみいります。
いわゆる純粋のジャズとは違いますが、このアルバムは、全曲がひばりの至芸を楽しめるヴォーカルアルバムとなっています。
次のページには、ひばりとともに人気を分け合った「三人娘」の登場です!
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