北に境川、南に相模川に挟まれた高台には
縄文時代から人が住んできた

境川を挟んだ高低差

橋本5丁目あたりから境川方向。向かい側に見えているのは町田市(クリックで拡大)

平成22年に政令指定都市になった神奈川県相模原市には緑区、中央区、南区の3区がありますが、橋本は緑区のもっとも北東側、市全体でみると真ん中に近い場所に位置しています。元々は近くを流れる境川にかかる橋の周辺一帯を橋本宿と呼び、それが地名になったのだとか。境川は駅の北側を流れており、古くは武蔵野国、相模国、現在は東京都と神奈川県の境となっています。ちなみに橋本駅周辺は相模原台地上にありますが、北側の境川沿い、南側の相模川沿いは大きく下っており、そうした地域に関しては地盤に関して注意をする必要があります。

 

その橋本に人が住み始めたのは縄文時代。橋本駅北側の、駅から1キロほど離れたところから遺跡が発掘されています。その後、江戸時代には江戸に近いことから、幕府直轄領、譜代大名、旗本などの知行地等に細分化され、中期以降は新田開発が進みます。といっても高台で水利に乏しく、稲作には向かなかったため、養蚕業が発展。明治以降は諸外国との主要取引品として絹が珍重されたことから、相模原は産地としておおいに隆盛を誇ったそうです。

 

横浜線

八王子、甲信エリアから横浜へ生糸を運ぶために作られたのが横浜線。八王子駅と横浜市神奈川区にある東神奈川駅を結んでいる(クリックで拡大)

横浜鉄道(今の横浜線)が開通したのは明治41年。昭和6年には相模鉄道が開通し、昭和12年以降には陸軍士官学校、相模陸軍造幣廠をはじめ、様々な軍の関係施設が相模原に移転してきます。こうした施設はその後、アメリカ軍に接収され、相模原は基地の街となるのですが、橋本は微妙にそうした動きからは外れた場所にあり、この間に大きく街が変わることはありませんでした。戦後、市が変わり始めるのは、他の街同様昭和30年代以降。都心から近く、平坦な場所という地勢の特徴を生かして内陸工業都市を目指すとともに、住宅地としての開発も進み、以降の人口増は全国的にも目覚ましいものでした。

 

昭和から平成にかけて区画整理、再開発で
駅周辺、かつての工場跡地が大きく変化

開発エリア

国道16号の向こうに見えているのが工場跡地を利用して生まれたエリア。800戸を超すタワーマンションに緑区合同庁舎、ホームセンターや郵便局などが集まっている(クリックで拡大)

さて、橋本です。戦前、戦後と大きく変わることはなかったものの、変化の萌芽がなかったわけではありません。それが駅南口の、平成25年に緑区合同庁舎が完成した一角です。ここにはかつて国鉄の自動車工場があり、それが昭和59年に廃止となり、以降、郵便局やマンション、ホームセンター、市の施設その他に変じてきたのです。駅からは歩くと10分弱はありますが、合同庁舎のオープンで周辺の開発は一段落。今後は街の新しい核として変化が生じてくるでしょう。

 

駅から見たタワーマンション

細長い区画整理エリアに沿ってタワーが並ぶ。建物の間が商店街となっている(クリックで拡大)

もちろん、変化は南口だけではありません。北口側でも平成12年以降に超高層マンションが続々と登場しています。北口側では平成10年に駅前の再開発事業が完了したため、それを受けて最高33階までのタワーが相次いで建設されたのです。現在は駅を降りると複数のタワーが目に入るまでになっています。

 

アリオ橋本その他

駅北口からアリオ橋本、その背後のタワーマンションを見たところ。手前の緑は県立相原高校の敷地(クリックで拡大)

北口側の工場跡地にも平成22年にアリオ橋本、その背後に23階、32階のタワーマンションが登場しています。相模原市では昭和30年代から工場誘致を進めてきたため、駅から少し離れれば今も大きな工場が点在しており、そうした工場の移転があれば広大な敷地が生まれるのです。

 

タワーマンションに大規模商業施設、
いずれはリニア中央新幹線新駅の予定も

駅周辺の商業ビル

駅ビル自体にも飲食店その他が入っており、ロータリーを囲むように商業ビルが建っている(クリックで拡大)

続いて実際の街の様子を見ていきましょう。まずは北口側。こちらは駅前に複数の大規模な商業施設があり、駅からはペデストリアンデッキで繋がれています。また、そうした施設内には市図書館やホール、パスポートセンターなども入っています。ペデストリアンデッキの下はバスターミナルです。

 

タワーと一戸建て

開発エリアから数分もかからず、こうした風景に。以遠は基本一戸建て中心の住宅街に(クリックで拡大)

再開発エリア内には多少の路面店もありますが、区域を離れると一戸建て中心の昔ながらの住宅街。タワーの多い、新しい街との差はかなり大きく、一瞬、違う街に出たような印象すら受けます。ただ、再開発エリアを道を隔てている場所は駐車場となっているところも多く、タイミングを見計らって開発を計画しているようにも見えました。

 

駅前から国道16号に伸びる通り

南口から国道16号に向かう通りを見下ろしたところ。左側に県立相原高校がある(クリックで拡大)

続いて南口側。こちらには京王線の駅があり、高架下には店舗、駅前にはバスロータリーがあります。ロータリーからは周辺に点在する工場への送迎バスなども出ています。駅正面に広がる緑は県立相原高校で、非常に広大な敷地を有しているのが羨ましく思えるところ。ここは現在神奈川県が誘致を進めているリニア中央新幹線の駅予定地と目されている場所です。実際にどこがどのように使われるかについては未定ですが、実現の暁にはこの街も大きく変わる可能性があります。

 

元々は商店街だったらしい通り

緑区の合同庁舎に向かう通り。駐車場になっている場所が散見され、やや寂しい雰囲気(クリックで拡大)

南口側から国道16号に向かう通りは元々は商店街だったようですが、残念ながら今はあまり繁華とは言えない様子。ただ、若い人口が増えているためか、塾、予備校などは増えているようです。北口同様、このエリアでも駐車場が目立ちましたが、これも暫定利用ということでしょうか。最近はどの街でもとりあえず駐車場にしておく場所が多いようですが、それにしても多すぎるように思いました。

 

公園とタワーマンション

公園に隣接したタワーマンション。築10年ほど経過しており、そろそろ中古市場にも出始めている(クリックで拡大)

16号を超えた辺りにあるのが前述の国鉄の工場跡地を利用した一角。ここはいずれも新しい建物で広々とした印象です。前面の道も拡幅されており、通り沿いには新しい一戸建てが。16号を超えると基本一戸建てエリアと考えてよいでしょう。

 

続いて、発展著しい橋本駅周辺の住宅事情を見ていきましょう。