アダム・クーパー 71年ロンドン生まれ。英国ロイヤル・バレエのプリンシパル(最高位)を勤め97年退団。95年にマシュー・ボーン振付『スワン・レイク』に主演、00年に映画『リトル・ダンサー』に特別出演。バレエ出演、振付のかたわら『オズの魔法使い』『ガイズ&ドールズ』等ミュージカルにも積極的に出演している。(C) Marino Matsushima
世界を代表するバレエ団の一つである英国ロイヤル・バレエに、18歳で入団。わずか5年でプリンシパル(最高位ダンサー)に昇格、様々な演目に主演する一方で、センセーションを巻き起こしたマシュー・ボーン振付の男性版『白鳥の湖』、映画『リトル・ダンサー』と様々な活躍を見せ、97年に退団後は振付家、ミュージカル俳優としてのキャリアも順調に築いているアダム・クーパーさん。
ダイナミックな演技と飾らない人柄で日本でもファンの多い彼が、この秋に『SINGIN’ IN THE RAIN雨に唄えば』で5年ぶりに来日。ミュージカルファンに限らずそのテーマ曲は誰でも聴いたことがある本作の魅力とともに、実はミュージカルが原点だという彼のミュージカル愛、そして人生観をお話いただきました。
懐かしくて新しい、2014年の『Singin' In The Rain雨に唄えば』
『Singin' In The Rain』Photography by Manuel Harlan
「ありがとう(笑)」
――43歳になるのはどんなご気分ですか?
「最高だね(笑)。いや、真面目に言って、15年前と対して変化は感じないよ。ただの数字なんじゃないかな。一つ年を取ったなというくらいの実感だ。逆に、仕事の面では充実感が深まっているよ。『SINGIN’ IN THE RAIN雨に唄えば』に関していえば、これまでいろいろなミュージカルをやっていることもあって、一回一回歌もダンスもよくなってきているような気がする。前回、日本でやったミュージカル『オン・ユア・トーズ』からは10年経つけれど、それから随分ミュージカル俳優としても進歩したと皆さんが気づいてくれると嬉しいな。経験を重ねるにつれ、仕事に対するアプローチが良くなってきていると感じているよ」
――今回の『SINGIN’ IN THE RAIN雨に唄えば』は2011年にチチェスター・フェスティバル・シアターという地方劇場で初演、その後ロンドンに進出しました。ミュージカル俳優としても多数のオファーがあると思いますが、その中でこの作品を選んだのは?
「チチェスター・フェスティバルは以前から出演してみたい劇場だったし、キャストも素晴らしかったというのもあるけど、何より『雨に唄えば』は僕にとって逃すことが出来ない作品なんだ。ここまでダンスが重要なミュージカルもなかなかないからね」
――本作の魅力をどうとらえていますか?
「まずは20年代という素晴らしい時代設定が魅力的だね。トーキー映画の導入によってハリウッドには大きな変化が起き、それまでスターだった女優リナが実はとんでもない声の持ち主で……というコメディが巻き起こるんだ。音楽の構成もチャーミングで、人々が覚えやすいキャッチ―な曲がたくさんある。『Good Morning』とか『Singin’ In The Rain』とか『Moses Supposes』とかね。ラブストーリーとしても素敵な作品だよ。今回の舞台版は、1952年のジーン・ケリーの映画版の雰囲気を残しつつ、“今”の感性もちりばめている。例えばダンスシーンは映画版の振付を取り入れたダイナミックなダンスになっているので、ご覧になる方は“お馴染みの素材”という安心感とともに楽しめるんじゃないかな。だからこそ、ロンドン公演は大入りでリピーターもたくさん来てくれたのだと思う」
――『雨に唄えば』というと、やはり主人公が雨の中で歌い踊るシーンが象徴的ですが、今回のプロダクションでも“まばたきするのも惜しまれる”見せ場になっています。本水を使って、あなたが雨でずぶぬれになりながら華麗に、なめらかに踊り、歌っていらっしゃいますね。
『Singin' In The Rain』Photography by Manuel Harlan
――このシーンはミュージカル嫌いの人々がしばしば引用するシーンでもあって、「喜びのあまり路上で突然歌いだすなんてバカバカしい」と言われます。
「確かに、路上で突然歌いだしたりしたらバカバカしいだろうね。僕は絶対にそんなことはしません!……というのは冗談で、実際はやるよ。思わず路上で歌いだしては家族に“静かにしてよ”と呆れられている(笑)。でも、それが人間というものなのではないかな。喜びが頂点に達したら、もう歌って踊りだすしかないでしょう。さすがに雨の中では歌わないかもしれないけど(笑)、そういうことを描いているのが『雨に唄えば』なのだと思う」
――素朴な疑問ですが、このシーンで滑ったりはしないのですか?
「何度か、滑ったよ(笑)。それはチチェスターでの初期のころで、まだ演出に慣れていなかったというのと、あの場面の舞台はプールのまわりに歩道があるような感じなんだけど、その歩道が濡れるとよく滑ってね。でもロンドン公演では滑りにくい歩道に変わったから、ロンドンではほとんど滑ってないよ」
――特別なレインシューズを履いているわけではないのですか?
「普通のダンスシューズだよ。フィナーレではゴム靴も履けるのだけど、『Singin’ In The Rain』のシーンではダンスが多いので、ダンスシューズでないと違和感があるんだ」
――このシーン以外のお気に入りナンバーを挙げるとすれば?
「『Moses Supposes』だね。これは僕が演じるスター俳優のドン・ロックウッドが、トーキー映画が導入されるということで台詞のコーチのもとで修行するナンバー。ごろ合わせのような、早口言葉のような歌詞が面白いんだ」
――アダムさん自身も俳優のキャリアの初期にはこうしたレッスンを受けられたのでしょうか?
「思い返せばそうだったね。このシーンではコーチがやたらと“r”を巻き舌で発音してみせるのだけど、実は僕は巻き舌が正確にはできなくて(笑)。これは秘密だよ。絶対にできるようにならなくちゃいけないと思って、“around the rocks”なんとかって常に巻くよう舌にたたきこんでいたら、ロンドン公演の終わりごろになってやっとできるようになったんだ。でもあのシーン、面白くて、大好きだよ」
――52年の映画版は子どものころに観ていたそうですが、このプロダクションに出演するにあたっては自分のドン・ロックウッドを創り出すため、映画版のジーン・ケリーの演技は研究しなかったと聞きました。あなたのドン・ロックウッドはどんな人間ですか?
『Singin' In The Rain』Photography by Manuel Harlan
――共感できますか?
「ある意味では共通点があると思う。僕のことを自信家だと思っている人もいるようだけれど、確かに舞台に立っている時は自信が漲っていても、心の中では永遠に『僕は十分やれているだろうか』と思い続けている。そういうふうに地に足をつけることは大切なことだと思うんだ。人の言うこと(名声)を鵜呑みにして人間性がおろそかになったら、そこで成長は終わりだ。僕はいつも学び続けていきたいと思っている」
*次ページではアダムさんのミュージカルとの縁から人生観までを語っていただきました。*