ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

Star Talk Vol.13 原田優一、劇場文化に抱く夢

清潔感漂う二枚目もこなせば、お遊び要素たっぷりの“ゲイ・バーのママ”役も楽しく演じ、その振り幅の大きさが半端でない俳優、原田優一さん。31歳の若さにして、“天才子役”時代からかれこれ20年間もミュージカルの第一線で活躍を続ける彼に、お話を伺いました。最新作『ミス・サイゴン』から役者としての矜持まで、盛りだくさんの内容です!*観劇レポートを掲載しました!*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

原田優一undefined82年埼玉生まれ。『ラ・カージュ・オ・フォール』『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』などミュージカルの大作に次々に出演。また『道化の瞳』『Love Chase!!』といったオリジナルミュージカルや『招かれざる客』『瀧廉太郎の友人、と知人とその他の諸々』等のストレートプレイにも積極的に挑戦している。最近は『ラ・イヨマンテ』や『KAKAI歌会』等、自ら演出も手掛ける。(C) Marino Matsushima

原田優一 82年埼玉生まれ。『ラ・カージュ・オ・フォール』『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』などミュージカルの大作に次々に出演。また『道化の瞳』『Love Chase!!』といったオリジナルミュージカルや『招かれざる客』『瀧廉太郎の友人、と知人とその他の諸々』等のストレートプレイにも積極的に挑戦している。最近は『ラ・イヨマンテ』や『KAKAI歌会』等、自ら演出も手掛ける。(C) Marino Matsushima

*4ページ目で『ミス・サイゴン』観劇レポートを掲載*

ベトナム戦争下のサイゴンで出会った少女キムとアメリカ兵クリスの悲恋を描き、1989年のロンドン初演以来、実に28か国で演じられている『ミス・サイゴン』。日本でも92年から既に1000回以上上演されている人気演目ですが、ロンドン初演25周年を記念し、現地ではこの5月に新演出版が開幕。その演出を踏襲した最新版が、この夏、日本で開幕します。

主人公クリスをダブルキャストで演じるのは、今回が3回目となり、既に代表作の一つに数えられている原田優一さん。都内のスタジオで稽古の合間のインタビューと相成りましたが、白熱した稽古の疲れなど微塵も感じさせず、爽やかな笑顔で現れました。無駄のない動きで椅子に座る姿には、たくさんお話して下さいそうな“気”が満ち満ちています。さっそく『ミス・サイゴン』のお話からうかがいましょう!


3回目の『ミス・サイゴン』で、さらに“納得できる”クリス役に


――今回、インタビューのため改めて台本を読ませていただいて思ったのですが、『ミス・サイゴン』はもともとインスピレーションとなっているのがシンプルな悲恋物語の『蝶々夫人』ということもあってか、『レ・ミゼラブル』などと比べるとかなり簡明な内容ですね。原田さんご自身はどんな作品だととらえていらっしゃいますか?

「おっしゃるように、『レ・ミゼラブル』は物語の伏線が多いのに比べて、『ミス・サイゴン』はどちらかと言うと、大きな話がずっと流れていくというイメージですね。でもその大きな話の中にあるワンシーン、ワンシーンでキャラクターが発するものの中には、『レ・ミゼラブル』と同じようにすごくしっかりしたメッセージが含まれている。そして特に僕ら日本人を含めたアジア人にとって、そのメッセージは深いものがあると思います。
『ミス・サイゴン』写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』には悪人は登場しません。どのキャラクターもそれぞれ必死に生きて命を全うした結果、いろいろな事件が起きます。今回、演出家からは“この作品は憤りを感じる作品だ”と言われていて、それが正解なんだろうと思います。ハッピーエンドではない形で終わるので、観た後に残るものってすごく重いと思うんですよね。でも、それによって憤りを感じて、日ごろ幸せな国日本に生きている僕らが、今、世界で起こっている何か、世界の問題がどうなっているのかを直視する眼を、この作品は与えてくれているのかなと思います」

――演劇はとかく“現実から乖離している”存在と思われがちですが、本作は現実に目を向けさせる作品なのですね。

「このキムやクリスのように、サイゴンの陥落で離れ離れになってしまった人たちの例というのは、実際のところ想像を絶するほどたくさんあったそうです。そう思うと、ことの重さをすごく感じられると思います」

――『レ・ミゼラブル』(関連記事はこちら)と同じシェーンベルク&ブーブリルの作ということもあって、主に歌によって進行してゆく作品ですが、音楽的にはいかがですか?
『レ・ミゼラブル』(2013年)写真提供:東宝演劇部

『レ・ミゼラブル』(2013年)写真提供:東宝演劇部

「もちろん素晴らしい、気持ちを後押ししてくれる音楽だと思います。でも、出演者として僕が演出家から問われているのは、自分が何を言いたいか、どういう芝居をしたいか、どんな言葉を発したいのか、それがあってからの音楽だ……ということだと理解しています。音楽に身を委ねればすべてを語ってくれるとか、休符一つにしてもすごく理由があるんだよとかよく言われますが、それはあくまで役者の体から出てくるものであって、音楽主導で出てくるものではないと思います、特に新演出版は。伴奏の音が、この前の新演出版より減って、前奏で“タンタンタンタン”と4つあったところが、二つしかないといったことがあります。それは役者の気持ちで埋めなきゃいけないところであって、音楽に頼る作業というのは今は無いです。もちろん大前提として素晴らしい音楽だし、大好きなんですけど、そこに頼り切らないということが求められているのかなと思います」

――原田さんが初めて『ミス・サイゴン』に出演されたのは08~09年のオリジナル演出版で、新演出の12~13年公演が2度目。そして3回目の今回はさらに新たな演出となります。バージョンが変わるにあたってはどんなことを意識されてきたでしょうか。

「前の演出を忘れるということを意識してきました。やはり、前回の公演で癖がついてしまうことってあると思うんです。“これって絶対こうだよね”と思いこんでいるキャラクターを、一度まっさらに消去しなくてはなりません。その上で新たに演出家さんとディスカッションして人物像を作っていく作業は、けっこう大変なことでもあります」

――原田さんにとって、今回3度目となるクリスはどんなお役でしょうか?

「よく女性のお客様が“クリスって卑怯じゃない?”とおっしゃっていたりして(笑)、僕も最初は“何なんだろう、この人……”と思ったこともあったんですが、70年代のアメリカの白人文化であったり、ベトナム戦争での兵役という背景を調べていくと、ものすごく共感ができるようになったんですね。クリスは僕にとってそういう、背景を探ることの大切さを教えてくれた役です。

クリスって“なんでこの人はこういう行動をとったんだろう”という疑問点、それも“こうしちゃったから事態が捻じれてしまったじゃないか”と思えるようなミスポイントが多いように見える。けれど、背景やクリスのキャラクターを調べて行けばゆくほど、納得出来る……というところに、今は辿りついています」

――その調べ方というのは演出家とのディスカッションでしょうか?

「そうです、それも演出家とだけでなく、相手役であるキム役、エレン役の方たちと話しながら掘り下げていきます。『ミス・サイゴン』で一番語られていない謎の部分は、クリスと、彼がキムと離れ離れになってアメリカに帰国した後で結婚したエレンとの関係なんですよね。彼女とはいったいどういう関係があったんだろうか。故郷ではどうで、僕がベトナムにいる間は何をしていたのかといったことについては物語には書かれていないので、たぶんこうだったんじゃないかというところを深く掘り下げてきています」

――クリスは、リアルな人物であると同時に、当時の西洋人の“無知”の象徴であるようにも感じられます。

「それはあるかもしれません。ある資料映像を観ていたら、ベトナムを訪れた一人の白人が、冗談ではなく本気で“アジア人にとっての命は西洋人にとっての命よりも軽い”と言っていました。白人たちだってある種の洗脳をされているのかもしれないですよね」

――3回目の『ミス・サイゴン』となりますが、ご自身にとっての今回の課題は?

「複雑な役なので、僕の中で気持ちの伏線を作っていくということ。それと、言葉では軽く聞こえてしまうかもしれませんが、やはり“クリスとして生きる”こと。すごく難しいことだと思うんですけど。周囲のキャラクターとの関係しかり、受けてきた教育、環境しかり、すべて掘り下げたいなというのは変わらぬ課題です」

――どんな舞台にされたいですか?

「『ミス・サイゴンのメッセージは壮大ですが、漠然としているのではなく、一つのはっきりしたメッセージを持っていると思います。それを伝える、お客様に持って帰ってもらう。その方が世の中に対してどんな思いを持って下さるか。憤りを感じていただけるか。それを手渡せたらと思っています。実際にクリスとキムのような悲劇は数多く起きているわけですし、この作品にかかわっていると、ふとベトナム戦争で犠牲になった方がたの魂が降ってくるような感覚になることがあります。それが僕らのできる一番の供養のようなことなのかもしれないし、この作品をアジアでやることの意味を僕なりに探って、日本のお客さまたちに観ていただけたらと思っています」

*〈注〉次ページでは『ミス・サイゴン』の内容の詳細に踏み込んでいきます。いわゆる「ネタバレ」も含まれますので、まだ物語をご存じない方は、観劇されるまではこの部分は飛ばして3ページにジャンプしていただき、実際に観劇された後で2ページ目をお読みいただいたほうがいいかもしれません*

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