全て人力で掘り抜いた洞窟

洞窟観音入口

洞窟観音入口

以前紹介した高崎白衣大観音が立つ観音山の中腹に、もう一つの世にも珍しい観音霊場があります。その名は「洞窟観音」。全長400メートルに及ぶ洞窟に36体の観音菩薩の石仏をまつった地下霊場ですが、洞内に入れば誰もが驚く光景が広がります。

山がそびえ、滝が流れ、そこはまさに観音菩薩の住まう仙境のごとし。

そしてなんといっても凄いのが、この洞窟が全て人力によって掘り抜かれたものだということです。
洞窟観音内部

洞内は36体の観音様がまつられる神秘的な空間

洞窟観音内部

見上げる程の深山渓谷。壮大な観音浄土が広がります

洞窟観音創設者、山田徳蔵翁

呉服店の装飾窓

山田翁の呉服店の装飾窓。呉服にちなんで五福神をデザインしたもの

この洞窟観音の創設者は、明治から昭和にかけて活躍した実業家、山田徳蔵翁。

新潟県柏崎市出身で、持ち前の商才を発揮して群馬県高崎市にて呉服商として成功し、日本国内だけに留まらず、遠く中国にまで支店を構えました。また地元高崎市の発展のために尽力し、商工会議所の設立、架橋工事、道路の整備などの公益事業にも大きく関わりました。さらには戦前、高崎市にあった民間飛行場の建設にも携わり、国内の航空事業の普及に貢献した先見の明を持った人物でもありました。当時の高崎市では「高崎号」と名付けられた飛行機が毎日のように飛び、時代の最先端を行く都市の一つだったのです。

そして山田翁がその生涯を捧げたのが洞窟観音の創設。観音菩薩を日頃から深く信心していた山田翁は坂東三十三観音霊場になぞらえた巡礼空間を作りたいと考え、「子孫に残す金があったらそれを投じて世の為に尽すのが真実の人間である」という強い意志の下、全財産を投げ打って一大事業に取り組むことを決心したのでした。

高崎市が国際観光都市として注目されるような、何所にもないものを造りたい。目指すは“世界”。