「生の欲望」の裏に必ずある「死の恐怖」
「前向きに行こうぜ!」とポジティブになれば、「うまくいかなかったら」という不安な気持ちもついてくる
では、なぜ華やかな芸能の世界は、麻薬と縁を切れないのでしょう? これを「森田理論」という古典的な心理学理論の中の「生の欲望、死の恐怖」という理論から考えてみたちと思います。
「生の欲望」とは、「よりよく生きる」ためのポジティブな願望。人間はただ生きているだけでは満足できず、「もっと賢くなりたい」「安心して暮らしたい」「美しくなりたい」「理想の職業につきたい」「人から認められたい」といった、よりよく生きたいという欲望が次々に生まれる生き物です。「生の欲望」は、一つ満たされてもさらに次の欲望が生まれ、果てしなく続いていきます。希望した「安心した暮らし」がかなったとしても、「もっと質のいい暮らしがしたい」「豊かに暮らしたい」というように、欲望はどんどん膨らんでいくのです。
そして、生の欲望が湧き出せば、「うまくいかなかったらどうしよう」「失ってしまったらどうしよう」といった「死の恐怖」も必ず湧いてくる。「森田理論」では、そのように考えられています。たとえば、念願かなって、希望の土地に夢のマイホームを建てた喜びもつかの間、「この家が壊れたらどうしよう」「ローンを返せなかったらどうしよう」といった不安も、セットになって湧き出てしまうものなのです。
欲望が強くなれば、恐怖も強くなる
頂点まで上りつめれば、転落の恐怖は誰よりも強くなるもの
とはいえ、その仲間に入れば満足できるという訳ではありません。「もっと売れるようになりたい」「主役を取りたい」「ビッグネームになりたい」という「生の欲望」は限りなく湧き、同時に「干されたくない」「嫌われたくない」「仕事が来なくなったらどうしたらいいのか」という「死の恐怖」も強くなります。
こう考えると、「芸能界は『生の欲望』の聖殿、『死の恐怖』の魔窟」と、言えそうです。頂点に立った人たちは、最高の快感を得ると共に、その栄光を失うかもしれない強烈な恐怖に、さらされながら生活している――これが芸能人の運命なのです。
そして、麻薬はこうした強烈な死の恐怖から、一瞬で救ってくれる「魔法の薬」です。使えばたちまち、「オレは絶好調だ!」「万能だ!」という確信が湧き、あれほどぬぐっても消えなかった「死の恐怖」から、一瞬で解放されるのです。
しかし、この「一時の快感」が地獄への入り口です。薬を使えば、最高の高揚感が舞い戻りますが、効果が切れれば、恐怖や不安は以前の何倍も強くなり、薬がなくてはいられない状態になります。こうして心身のコントロールを失い、地位も栄光も社会的信頼も失って、奈落の底に転落してしまいます。
では、この「死の恐怖」から解放される手段はあるのでしょうか? 次のページで解説します。