ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

Star Talk Vol.9 花總まり、高貴なヒロインを生きる(4ページ目)

宝塚娘役時代に演じた数々のお姫様役はもちろん、日本で最初に『エリザベート』のタイトルロールを演じて以来、特に高貴なヒロイン役では右に出る者がないと言われる女優、花總まりさん。4月に世界初演される『レディ・ベス』では、16世紀に英国の黄金時代を築いたエリザベス1世の若き日を演じます。稽古も佳境に入った花總さんに、新たな持ち役の手応えをうかがいました。*観劇レポートを追記しました!*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド


重厚感と風格に満ち溢れた
“或る青春の痛み”の物語

『レディ・ベス』アスカム(石丸幹二)、エリザベス(花總まり) 写真提供:東宝演劇部

『レディ・ベス』アスカム(石丸幹二)、ベス(花總まり) 写真提供:東宝演劇部

冒頭、床と後方に巨大な天文時計をあしらった舞台に現れ、観客を重々しい旋律で劇世界に誘うのは、ベス(レディ・ベス=後のエリザベス1世)の家庭教師を勤めた学者のロジャー・アスカム。天文時計はエリザベスの父であるヘンリー八世の宮殿、ハンプトン・コートのそれを模しています。当時の天文時計はまだガリレオが地動説を唱える前のもので、地球が中心。演出の小池修一郎さんのアイディアであるというこのモチーフの採用は、まだ人類がナイーブで不遜であった時代を暗示しているかのようで、作品の奥行を感じさせる幕開けです。
『レディ・ベス』ベス(花總まり)undefined写真提供:東宝演劇部

『レディ・ベス』ベス(花總まり) 写真提供:東宝演劇部

ベス、二十歳。献身的な教育係キャットとアスカムのもと学問を積んでいた彼女は、父の形見の聖書をカトリックである異母姉メアリー方の役人に奪われ、馬車で追いかける途中、吟遊詩人のロビンらに出会います。身分の差にも関わらずどこか通じるものを感じる二人。ロビンの誘いで男装し、村の酒場に繰り出すベスですが、そこで巻き込まれた騒動によって謀反の嫌疑をかけられ、ロンドン塔に幽閉されてしまいます。ベスはヘンリー8世の寵愛を失ったため冤罪で処刑された母、アン・ブーリンがかつて過ごした牢獄で死を待ちますが、スペインからメアリーの結婚相手として訪れたフェリペ皇子に助けられ、思いがけない大逆転で女王に即位。それは相思相愛のロビンとの別離を意味するものでもあり、ベスは愛か、女王としての責務かという究極の決断を迫られます……。
『レディ・ベス』べス(花總まり)、メアリー(未来優希)写真提供:東宝演劇部

『レディ・ベス』べス(花總まり)、メアリー(未来優希)写真提供:東宝演劇部

同じヘンリー8世を父に持ちながら、母の仇としてベスを憎むメアリーとその一派が仕掛ける謀略を、エリザベスはいかに耐え、切り抜けるのか。そして“親”という存在を希求し、その面影を追っていた彼女が恋の味を知り、“思うがままの人生”への誘惑にかられつつ、いかに少女時代と決別し、大人への一歩を踏み出してゆくのか……。この二つの主要テーマを並行させながら、本作は「実はベス同様、愛に飢えていたメアリーの悲劇」「非業の死を遂げたアン・ブーリンの娘への思い」などのサブテーマを絡ませ、重層的に進行してゆきます。
『レディ・ベス』フェリペ(古川雄大)undefined写真提供:東宝演劇部

『レディ・ベス』フェリペ(古川雄大) 写真提供:東宝演劇部

多くの要素を盛り込みつつも、ベテラン、ミヒャエル・クンツェの脚本・作詞、シルヴェスター・リーヴァイの作曲とあって、メアリーはハードロック、フェリペはフラメンコ風、アスカムは中世音楽風とキャラクターごとに異なる風合いのナンバーが耳を楽しませ、台詞もロビンと仲間たちはかなりくだけた口調で話すなど、観やすさに配慮。生澤美子さんによる、16世紀当時の衣裳をさらに華美にデフォルメしたコスチュームも目を奪います。(とりわけ、フェリペのテクニカラー的な豪華なマント、宮廷の男たちの着物柄風ローブ、宮廷婦人たちのそれぞれ異なる絵柄をあしらったドレスは独創的で、何度も見返したくなる要素です。)
『レディ・ベス』べス(花總まり)、ロビン(加藤和樹)写真提供:東宝演劇部

『レディ・ベス』べス(花總まり)、ロビン(加藤和樹)写真提供:東宝演劇部

しかし今回最大の立役者は誰より、スケールの大きな舞台にふさわしい、風格ある演技を見せる俳優陣でありましょう。主要4役はダブルキャストで、筆者が観た日のベス役、花總まりさんは英国でのリサーチで感じたという「決して普通の女の子ではない、王女という宿命を背負った女性」を全身全霊で表現。終盤、彼女がある決断を下して以降は、無音の中でしぐさだけを見せるシーンがあるのですが、この場面が実に濃厚。貴婦人にふさわしいたっぷりとした芝居で、彼女が音楽も台詞もなくとも豊かな表現が出来る、稀有なミュージカル女優であることを示しています。いっぽうで1幕終わりの「秘めた想い」など、かなり高音で終わるナンバーも地声で発声。ベスの若さと芯の強さを歌声でもしっかりと表現しています。
『レディ・ベス』ガーディナー(石川禅)、ルナール(吉野圭吾) 写真提供:東宝演劇部

『レディ・ベス』ガーディナー(石川禅)、ルナール(吉野圭吾) 写真提供:東宝演劇部

ベスとは共通項もありながら敵対せざるをえなかったメアリーをこの日、演じたのは未来優希さん。幅のある声を活かし、ぐいぐいと迫りくるようなアグレッシブな芝居にふと哀しさを漂わせています。ベスの心の支えであるキャット役、涼風真世さんも本作の隠れたテーマ曲である「大人になるまでに」を輪郭太く歌唱。ベスを亡き者にしようと様々に策を巡らせるガーディナー役、石川禅さんは憎々しい大司教にちょっと間抜けな一面も付け加え、途中から謀略に加わるスペイン大使ルナール役、吉野圭吾さんともども、ストーリーを面白く膨らませています。この日のスペイン皇太子役、古川雄大さんも一人だけ違う次元で物を観、行動するフェリペをのびのびと演じ、緊迫した局面に登場しては場を和らげることに成功。ベスが危機に陥る度に現れ、娘を励ますアン・ブーリンの亡霊役の和音美桜さんは、肉体は滅んでも消えることのない“親心”を柔らかな美声で表しています。

並み居る好演キャストのなかでひときわ大きな存在感を見せたのが(この日の)アスカム役、石丸幹二さん。世の人々が私利私欲に右往左往するなかで、古今東西の学問に通じ、大局的な視野を有するアスカムが常にベスに的確な助言を授け、「あるべき道」へと導いてゆく様を知的に、貫録たっぷりに演じています。終幕は、きっとミュージカル史上に残るであろう、美しい幕切れ。後ろからベス、ロビン、そして手前にアスカムが立ち、彼が一つのしぐさを見せます。一つの青春が痛みを伴って終わり、新たな時代が始まる。その瞬間を目撃し、肯定するアスカムの万感をこめたしぐさの余韻の、何と深いことか……。“かつての少女たち”はもちろんですが、今この時、様々な迷いを抱えながら生きている数多くの“少女たち”に、特にお勧めしたいミュージカルです。(本作では当日券の学割もあるようです)。



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