市村正親 49年埼玉生まれ。73年、劇団四季『イエス・キリスト=スーパースター(後にジーザス・クライスト=スーパースター)』でデビューし、『コーラスライン』『エクウス』『アンデルセン物語』など数々の舞台に出演。退団後もミュージカル、一人芝居、ストレートプレイ、映画など幅広く活躍。今年は『ラブ・ネバー・ダイ』の後『ミス・サイゴン』『モーツァルト!』に出演。(C) Marino Matsushima
1月22日、『ラブ・ネバー・ダイ』製作発表。“あの”『オペラ座の怪人』の続編がついに日本で上演されるということで、会場となった赤坂BLITZは公募で当選したオーディエンスと報道陣で満員…どころか、立ち見も出る盛況ぶりでした。尋常でない熱気の中スタートした会見では、楽曲の一部が披露された後、メインキャストが登壇。怪人役の市村正親さんは同役を演じる鹿賀丈史さんとともに、黒のスーツで現れました。
「これまでロイド=ウェバー作品には『ジーザス・クライスト=スーパースター』『エビータ』『キャッツ』などに出演してきて、今回、日生劇場でこの役を演じられることに運命を感じています。怪人は顔だけでなく心にも傷を負っているという、屈折した人物ですが、一つだけ、クリスティーヌへの愛という“真実”がある。(ものごとは)屈折すればするほど光をきれいに見せる。そのあたりが見どころになって来るのではないでしょうか」
と、壇上で本作への意気込みを語っていた市村さん。会見終了直後、楽屋でさらにお話をうかがいました。
“完結編”と呼ぶにふさわしい、素晴らしい作品
メインキャストが勢揃いした『ラブ・ネバー・ダイ』製作発表。(C) Marino Matsushima
「DVDでオーストラリア版を観ました。『オペラ座の怪人』から10年後という設定で、新しい世界の中で展開してゆくストーリーなのですが、“完結編”と呼ぶにふさわしい、素晴らしい舞台になっていると思いました。結末については伏せておきますが、もう一つのポイントとしては今回、クリスティーヌとラウルの息子で、グスタフという少年が登場します。この子がどう物語に絡んでくるかが、一つのミソ。少年への感情という点では、僕も5歳と2歳の息子がいて、子供への愛を俳優として本作に生かせるのかなということはあります」
――『オペラ座の怪人』から10年、怪人はひそかにパリからニューヨークに逃亡し、郊外のコニーアイランドに遊園地を作って財を成しています。しかしクリスティーヌへの思いは絶ちがたく、ラウルの借金で困窮している一家に、クリスティーヌが歌えば高額のギャラを出すと偽名を使ってもちかけ、呼び寄せる。この再会から新たなドラマが展開するのですが、怪人は少年グスタフに出会い、普通とは違う感性を持った彼を見て驚くのですよね。
「音楽が(自然に自分の中から)出てくる、というようなことを(グスタフは)言いますね」
――何かを直感した怪人は、興奮の中でグスタフを自らの世界に誘う。ヘビーメタルの旋律で歌われるこのナンバー「Beauty Underneath」はとても眩惑的で、グスタフならずとも引き込まれます。
「ロイド=ウェバーって必ずそういう場面を作るんですよね。『ジーザス・クライスト=スーパースター』も同様ですが、必ずがらりと曲調を変える部分がある。そういうとこが彼のうまさなんですけどね」
――怪人はグスタフの中に自分と共通する感性を見出してはっとするのですが、こういう瞬間は小さいお子さんがいる方には非常に共感できるかもしれませんね。
「そうですね。僕も自分の子どもたちを見ていて、DNAだなと思うことありますよ。僕の出演作の映像を観てミュージカルごっこをしているのを見てると、僕の血を引いていると思うし、音程のいいところは妻の血なのかなと思ったり(笑)」
稽古を通して怪人の思い、ロイド=ウェバーの思いを探り当てたい
――それにしても、10年間少しも揺らぐことが無かった怪人のクリスティーヌへの愛は、計り知れないものがあります。演じる市村さんとしては、どのようにとらえていらっしゃるでしょうか。『Love Never Dies』オーストラリア版より。Photo:Jeff Busby
――この作品で特に楽しみにされていることは?
「日生劇場でね、海外版(オーストラリア版)の装置をそのまま持ってきて、演出家(サイモン・フィリップス)が来てくれて、大がかりなセットの中で、ファントムとクリスティーヌの壮大なドラマを演じられるのは楽しみですね。これまで演じた(『ミス・サイゴン』の)エンジニアも(『屋根の上のヴァイオリン弾き』の)テヴィエも素敵な役だけど、ファントムも非常に魅力のある役です。それにさきほど、製作発表でロイド=ウェバーのメッセージが読み上げられた時、“この作品には私の個人的な思いが詰まっている”というくだりがありましたよね。彼の気持ちが、稽古をしていくうちに分かってくるのかもしれません。どういう気持ちが起きて来るのか、俳優としてとても楽しみです」
役を掘り下げて掘り下げて、“生きた人間”を作り上げる
――話は本作を離れますが、何気ない言葉の一つ一つもニュアンス豊かに膨らませる、その表現力において、市村さんの右に出る役者さんはなかなかいらっしゃらないと私は思っています。その源には何があるのでしょうか。「ミュージカルすなわち“歌って踊って”というわけじゃないと思っています。根本はドラマだ、というのが僕の中にはあります。次はナンバーだ、といって簡単に歌っちゃ絶対だめだなとも思いますし。例えば『ラブ・ネバー・ダイ』のファントムなら、冒頭に彼がなぜそこにいて、“今日~ま~で~”と歌うのか。何が今日までなのか……と、役を掘り下げていきます。いろんな本を読んだりしながらイマジネーションを働かせて、自分の中で、生きた人間を構築していくのです。それがはじめの作業としてありますね。この作業が僕は好きだし、また俳優のやるべき仕事だと思っています。
『それからのブンとフン』撮影:田中亜紀
それと、“決めつけない”ことですね。今日が終わったらその日のことは忘れてしまう。役の“心意気”と“シチュエーション”だけが残って翌日を迎えると、また新しいニュアンスが生まれる。それが表現の豊かさということに繋がってゆくのかもしれません。
『ミス・サイゴン』今夏の公演では再びエンジニア役を演じる予定。写真提供:東宝演劇宣伝部
『ラブ・ネバー・ダイ』も、今はひたすら覚える作業なわけだけど、これが3週間ほど経つと発酵していくんですね。そして稽古で日々、何が生まれるか。そして本番になったらお客さんたちの力も借りて何が発見できるか。映画と違って、舞台は毎回、“生きる”ことが出来る仕事なんです」
芝居をするということの本質を、生き生きと語って下さった市村さん。情熱的に語りながらも、ある瞬間に冷静に差し挟まれた「演じたことはその瞬間に消えてなくなるのだから」というつぶやきが印象的でした。あたかも即興のように、自由自在に舞台に居る天才肌の役者と見えて、その根底には念入りな準備と舞台という無形の芸術への限りない愛がある。その市村さんが「単純な人物にはしたくない」という今回のファントム、3月の開幕が今から待ち遠しく感じられます。
*公演情報*『ラブ・ネバー・ダイ』3月12日~4月27日=日生劇場
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