ぼうやと本当の友だちになることを夢見続けた『ビロードのうさぎ』

ぼうやの「ほんとうのともだち」になることを夢見て、ぼうやとたくさんの時間を過ごした「ビロードのうさぎ」。「ほんもののうさぎとは」「ぼうやのほんもののともだちとは」を考え続けたぬいぐるみのうさぎは、どんな運命をたどったのでしょうか。古典的名作『The Velveteen Rabbit』が酒井駒子さんの絵と抄訳で絵本化され、珠玉の作品として広く親しまれている『ビロードのうさぎ』をご紹介します。


 

翻弄されるおもちゃたち

子どもにプレゼントとして贈られたおもちゃたちは、皆、最初はとても誇らしげ。新しくてピカピカで、子どもたちに大きな興味を持って迎えられることが何よりの喜び。しかし、その後の運命は、ちょっとした運命のいたずらで大きく変わっていきます。

新しいおもちゃが登場したことによって、いきなり見向きもされなくなったり、大人の「おかたづけ」によって棚の奥に放り込まれてから、そこから出ることがなくなってしまったり。ぼうやの家のたなの奥には、たくさんのおもちゃがいました。みんなそこが定位置となってしまったことを悟りながら、「じぶんこそほんものだ」「ほんものそっくりだ」と主張し合い、機械仕掛けで動くこともできず、高価な値で購入されたわけでもない、「ただのきれでできているビロードのうさぎ」を馬鹿にするのでした。


ほんものって、何だろう……

ビロードのうさぎ

ぼうやの「ほんとうのともだち」になることを夢見続けたビロードのうさぎ

そんなおもちゃたちに囲まれる中で、ビロードのうさぎは、自分に優しくしてくれる唯一の存在であるウマのおもちゃに思いのたけを吐き出します。「みんながいっている“ほんもの”ってどういうこと?」。

ウマのおもちゃは、自分なりに考える「ほんもの」「ほんとうのともだち」「ほんとうのものになったおもちゃ」について語ります。そしてビロードのうさぎにこう語りかけました。「おまえさんだって そうなるかも しれないよ。子どもべやには ときどき まほうがおこるものなのだ」。


ぼうやの本当の友だちになったはずなのに、突然の非情な別れが

部屋の隅っこやたなの奥で過ごすことが続いていたビロードのうさぎは、ぼうやの家にいるお手伝いさんの気まぐれによって、再びぼうやにとって欠かせない存在として日の目をみるようになります。毎晩ふとんの中で一緒に寝て、春になったら庭で遊んで、木いちごの茂みにかわいいおうちを作ってもらって……。次第に薄汚れていったビロードのうさぎに「こんなきたないおもちゃ」という言葉を浴びせるお手伝いさん。「この子はおもちゃじゃない!ほんとうのうさぎなの」と叫んだぼうやの言葉に、ビロードのうさぎは眠れないほどの喜びを感じました。しかし、ある日ぼうやに連れられて森に遊びに行ったビロードのうさぎは、自分と同じ姿かたちをしていて自由自在に動き回る動物に、衝撃を受けます。自分が「ほんもの」なのかどうなのか、再び悩み始めたビロードのうさぎに、ぼうやとの非情な別れが突然訪れます。


かけられた魔法

ぼうやとビロードのうさぎの別れのシーン。絵本の中のビロードのうさぎから、涙が地面にこぼれ落ちました。神妙な面持ちで私が読むのを聞いていた6歳の我が子も、突然涙を流し始めました。このシーンを迎えた子どもたちの多くは、心の涙を流すのかもしれません。そんな涙の力が、ビロードのうさぎに魔法をかけます。

「本物とは何か」を定義することほど難しいことはありません。そして、ぼうやとうさぎが共に暮らす生活は、完全に終止符を打ちました。しかし、「本物の何か」が残ったと思いたくなるうさぎのの眼差しとぼうやの言葉が、物語を締めくくります。


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