形のない文化財「無形文化遺産」
トルコの無形文化遺産「メヴレヴィー教団のセマの儀式」の旋回舞踊セマ。白い衣装に身を包んだダンサーが数十分~数時間、くるくると旋回を繰り返して神との合一を果たす
そしてこの条約では代表リスト・緊急保護リストという2種類のリストで保護すべき無形文化遺産をリスト化している。今回は「世界遺産」「世界の記憶(世界記憶遺産)」と並ぶUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)三大遺産事業のひとつ「無形文化遺産」を紹介する。
UNESCO三大遺産事業
ルーマニアの無形文化遺産「ホレズ陶器の技能」登録のホレズ陶器。ルーマニアが誇る古窯で、生産される陶器はビビッドな色使いが美しい
■世界遺産 "World Heritage"
条 約:世界遺産条約
対 象:普遍的価値を持つ有形・不動産の文化遺産と自然遺産
リスト:世界遺産リスト(その一部として危機遺産リスト)
主目的:リストに記載された物件の普遍的価値の保護
■無形文化遺産 "Intangible Cultural Heritage"
条 約:無形文化遺産保護条約
対 象:無形の文化遺産
リスト:代表リスト、緊急保護リスト
主目的:リストに記載された物件の継承・保護
■世界の記憶(世界記憶遺産)"Memory of the World"
条 約:なし
対 象:文書・碑・フィルムなどの動産に記された記録
リスト:世界の記憶リスト
主目的:記載物件に記録されたデータのデジタル化と保存・公開支援
この中でもっとも審査が厳しいのが世界遺産だ。世界遺産では文化遺産や自然遺産の普遍的価値が問われるのに対して、無形文化遺産では価値は問われないし、世界の記憶についてはそもそも保護が目的ですらない。そのため世界遺産では専門機関による現地調査が行われているのに対して、他のふたつの遺産事業ではそのような詳細な審査は行われていない。
無形文化遺産ってなんだ?
地中海風サラダ。オリーブやワイン・チーズ・魚介類・パスタ等を中心とした地中海料理とそれを成立させる農業・水産技術やマナー・慣習等は無形文化遺産「地中海の食事」に登録されている
一例として音楽や舞踊・劇・祭り・芸能・工芸技術・料理術などが挙げられるが、こうした遺産の核は人の行為にあるため、物として残すことができず、人から人へと伝達されることで保存されるという特徴を持つ。無形文化遺産保護条約はあくまで文化や技術を保護するものであって、陶器や楽器・織物・料理・巻物といった「物」を守るものではない。無形文化遺産保護条約からその目的・定義・分野を引用しよう(文化庁報道資料より抜粋)。
■無形文化遺産保護条約の目的(第1条より)
- 無形文化遺産を保護すること
- 関係のある社会、集団及び個人の無形文化遺産を尊重することを確保すること
- 無形文化遺産の重要性及び無形文化遺産を相互に評価することを確保することの重要性に関する意識を地域的、国内的及び国際的に高めること
- 国際的な協力及び援助について規定すること
「無形文化遺産」とは、慣習、描写、表現、知識及び技術並びにそれらに関連する器具、物品、加工品及び文化的空間であって、社会、集団及び場合によっては個人が自己の文化遺産の一部として認めるものをいう。
この無形文化遺産は、世代から世代へと伝承され、社会及び集団が自己の環境、自然との相互作用及び歴史に対応して絶えず再現し、かつ、当該社会及び集団に同一性及び継続性の認識を与えることにより、文化の多様性及び人類の創造性に対する尊重を助長するものである。
■無形文化遺産の分野(第2条より)
- 口承による伝統及び表現 "oral traditions and expressions"
- 芸能 "performing arts"
- 社会的慣習、儀式及び祭礼行事 "social practices, rituals and festive events"
- 自然及び万物に関する知識及び慣習 "knowledge and practices concerning nature and the universe"
- 伝統工芸技術 "traditional craftsmanship"