「アンパンマン」を生んだやなせたかしさんのメルヘン童話
「アンパンマン」の作者、やなせたかしさんが、2013年10月、94歳で亡くなりました。小さな子どもたちが大好きなヒーロー・アンパンマンは、子育て中のお母さんやお父さんにとっても、大きな存在なのではないでしょうか。アンパンマンの人形、おもちゃ、絵本、DVD……。親子連れが出かける場で、必ずと言っていいほど目にする存在。ぐずりがちな子どもがアンパンマンのおかげでごきげんになったりと、その存在に助けられたことがある方も多いでしょう。私もそんな経験をたくさんしてきました。そんな中でやなせさんの訃報を知り、真っ先に頭に浮かんだのは、やなせさんのメルヘン童話『やさしいライオン』でした。
雌犬と赤ちゃんライオンの心のつながり
ある国の野外動物園にいたみなしごの赤ちゃんライオン「ブルブル」は、雌犬の「ムクムク」によって育てられます。違う動物ながら、ムクムクのたっぷりの愛情に包まれて育ったブルブル。たくさんおんぶされて、子守唄を歌ってもらい、しつけも受け、お母さんのムクムクよりも大きな優しいライオンに育ちました。やがて、都会の動物園に移され、サーカスの人気者になったブルブルですが、何年たっても、夜になるとムクムクの優しい子守唄を思い出すのでした。そんなある夜、おりの中で眠っていたブルブルの耳に、遠くから、懐かしい子守唄が聞こえてきました。「おかあさんだ!」。ムクムクに会いたい一心で、おりを破り、人々が寝静まっている家の壁まで突き破り、町を駆け抜けていくブルブル。ライオンがそのような行動を取ったら、人間たちはどうするでしょうか。雪の積もった丘の上で、すっかり小さくなった年老いたムクムクを抱きしめ「こんどこそ はなれないで いっしょに くらそうね」と誓ったブルブルだったのですが……。
お話は、悲しい結末を迎えます。しかし、ブルブルとムクムクは、もう決して離れずに暮らしていけるようになりました。最後のページの余韻が、悲しい物語の中での救いです。
手塚治虫氏によってミュージカルアニメ化
「やなせスタジオ」のHPによると、この絵本は、最初、ラジオドラマとして発表されたそうです。雑誌『詩とメルヘン』を立ち上げ、長く編集長を務めたやなせさんですが、このメルヘン童話にはとりわけ思い入れがあったようです。自分が作ったメルヘン作品の中でも「『やさしいライオン』がなければ、アンパンマンは生まれなかったと思う」と位置付ける言葉が、同サイトの中で紹介されています。このラジオドラマは、手塚治虫氏によって、ミュージカルアニメ化されました。「手塚プロダクション」のHPでは、その一部を見ることができます。絵本には出てこないアニメの場面によって、このお話をより深く知ることができます。
1つ目は、ブルブルは生まれてすぐに母親を亡くした赤ちゃんライオンだったということ、ムクムクは、ほぼ同時期に、生まれて間もない赤ちゃん犬を亡くして泣き暮らしていたときに、ブルブルと出会ったということ。ブルブルを我が子として慈しんで育てたムクムクの思いが、あらためて重みをもって伝わってきます。
2つ目は、ブルブルはムクムクとの生活の中で、自分は犬だと思って育っていったということ。優しいライオンに育ったブルブルは、自分が人間にとって脅威の存在だということを自覚しないまま、ムクムクへの思いだけを胸に街を駆け抜けてしまったのかもしれません。