成人後期がもしも停滞してしまえば、心の健康に赤信号がともります。アルコール依存症もその際、よく起こりがちな問題の一つです
今回は、エリクソンが提唱した人の心理社会的発達に関する著名な理論の中から、人はその人生の折々でいかなる発達課題をこなす事になっているのか、また、そこでいったんつまずくと、その後どのような心理的問題が生じやすくいのか、そして場合によっては、それが心の病気につながってしまう可能性もある事を、前回取り上げました成人前期の次の段階である成人後期を詳しく解説いたします。
成人後期における心理社会的発達の意義
今回取り上げる成人後期は、時期的には40歳くらいから60歳過ぎくらいまで。エリクソンが提唱した人の心理社会的発達における8つの発達段階のうち、第7段階になります。この時期に対応する2つの心理的側面は「生殖性(generativity)」と、それと対の関係をなす「停滞(stagnation)」となっています。この時期の発達課題はエリクソンによれば、「生殖性」という用語で表されます。この語はエリクソンの理論では、それまでの人生でつちかってきた知識や技術を若い世代へ伝えていくことを意味しています。もしもこの発達課題の達成に何らかの問題があると、心の健康に赤信号がともりやすく、いわゆる中年の危機が訪れ、人生が停滞してしまう可能性もあるのです。
実際に回りを見渡してみても、それまで頑張ってきた仕事の後継者がはっきり決まっている方は、なかなか幸せそうな顔をされているもの。一方、仕事の跡継ぎが決まっていなかったり、自分の知識や技術を十分に伝えるような部下や子供がいないような場合、何かしらの淋しさを感じてしまうこともあるでしょう。
エリクソンによれば、40歳くらいから60歳過ぎくらいまでの成人後期に心の健康を保つには、もはや自分の仕事の目標を追うだけでは充分でなく、それまでの人生で得た知識や技術を自分の子供たちを含め、若い世代へ伝えていく事も必要になってくるのです。
中年期に気をつけたいうつ病
もしも成人後期の発達課題の達成に困難があれば、心の健康に赤信号がともりやすく、場合によっては心の病気の発症につながる可能性もあります。なかでもうつ病は中年期に特に注意が必要な心の病気のひとつ。うつ病の発症率は、中年期では他の年代、特に若年層と比べても高くなっています。その要因の一つとして、人生も中年期に入ると、それまでの人生ではなかった様々な問題が顕在化してくることが挙げられるでしょう。
例えば社会的地位の高い人。本来であれば大変素晴らしい事ですが、同時に仕事の責任も大きくなり、そのプレッシャーに胃がキリキリ痛むような時もあるでしょう。また、住宅ローンや子供の教育費など、様々な出費も重なりやすい上、何らかの深刻な健康上の問題を初めて自覚するのも、往々にしてこの中年期です。こうした要因が幾つも重なってしまえば、誰しも程度の差こそあれ気持ちが冴えなくなってしまうでしょう。
ここでもしもうつ病を発症した場合、予後を良好にする最大のポイントは出来るだけ早期に精神科(神経科)を受診し、治療を開始すること。もしも何らかの抑うつ症状を自覚していて日常生活への支障も大きくなっている場合、(例えばイライラが強すぎて、仕事が全然手につかないような場合)は、是非、精神科受診もご考慮ください。
もしも死にたい気持ちが生じている場合、それは脳内環境がかなり病的になってしまったサインで、精神医学的な緊急事態です。既にうつ病が重症化している可能性もあるので、大至急の精神科受診が望ましいことは、どうか頭の隅にしっかり置いておいてください。
成人後期を充実させるためのヒント
40歳くらいから60歳過ぎくらいまでが成人後期ですが、この時期が実り深ければ、素晴らしい人生だと言えるでしょう。そのためには心身の健康が欠かせません。エリクソンによれば、この時期心の健康を充分保つには、この時期の発達課題をしっかりこなす事が必要。従って、この時期にこなすべき発達課題がある事自体を、是非認識しておいて下さい。上記の繰り返しになりますが、エリクソンによれば、人間40歳の坂を越せば、もはや仕事を極めるだけでは幸せになれず、自分の子供たちを含め、若い世代の成長をサポートする事で得られる充実感も心の健康を保つ上で必要になってきます。
また、成人後期に入れば、個人差は大きいものの、肉体はどうしても20代、30代の頃とは違ってきます。若い頃は徹夜しても平気だった人でも、中年になれば、徐々に無理が利かなくなってきます。体の生理機能も性ホルモンが徐々に低下し更年期症状が現れやすくなるなど、加齢の影響も現れてきます。一方で心身に掛かるストレスが人生でマックスになるのが、この成人後期。ストレス対策は若い頃以上にしっかりしていきたいところです。
その際注意して頂きたいのは、自分では気持ちが軽くなる、あるいは、すっきりするつもりでも、精神医学的にはNGなストレス解消法もあるという事。例えば気持ちを軽くする手段としての飲酒やギャンブル、さらには、刺激を求めての不倫なども、度を越してしまうといわゆる依存症になる可能性もあり、自力での回復が大変困難になってしまうリスクもあるのです。
以上、今回はエリクソンが提唱した人の心理社会的発達の理論のなかから、40歳くらいから60歳過ぎくらいまでの成人後期にスポットを当てました。さて、時勢は将来の見通しがなかなか立ちにくい、実に厳しいものになっております。皆さま方には今回ご紹介させていただいた事を、どうか心の健康維持に役立てて頂ければ幸いです。