地下鉄人形町駅からすぐそば、軍鶏料理の「玉ひで」

人形町のランドマークの1つと言える存在の同店

人形町のランドマークの1つと言える存在の同店

日本橋人形町は甘酒通りなどを中心に老舗店が数多く存在するエリア。人形町の名前の由来は江戸時代、付近で人形芝居や浄瑠璃などが行われ、その“人形づかい”がたくさん住んでいたという説が有力です。

東京メトロ・日比谷線、都営地下鉄・浅草線が交わる人形町駅。A2出口を出ると、すぐ背後に老舗中の老舗飲食店、親子丼で有名な「玉ひで」がドンと鎮座しています。お昼時は基本的には“行列”覚悟のこちら、通行人の邪魔にならないように“折り返し”の行列も、すっかり日常の風景だったりします。

創業は1760年(宝暦10年)

そんな玉ひでの創業は、宝暦10年。と、言われてもなかなかピンときませんが、西暦は1760年と、250年超えの超老舗店です。

人形町駅上に案内看板。半蔵門線・水天宮駅からも約2分の立地

人形町駅上にも同店の案内看板

将軍家の御前で、鶴を切る厳議に由来する格式高い包丁さばきを行う“御鷹匠仕事”で家業を興した創業者・山田鐵右衛門は、人形町にて軍鶏専門店を開業します。これが現在の同店の源です。当時の屋号は「玉鐵(たまてつ)」。その後、3代目が御鷹匠仕事を返上し、4代目とともに軍鶏なべ専門店として歩みを進めます。

長きに亘り人気・評判とも高かった同店。5代目となる秀吉さんの“通り名”が「玉鐵の秀さん」だったことから、屋号を「玉ひで」へと変更し、現在へと受け継がれています。

宝暦10年、将軍は第9代徳川家重から第10代の徳川家治へと交代。かの葛飾北斎が誕生した年でもあります。田沼意次や平賀源内らが活躍した時代に、同店が産声を上げています……すごいですね、つくづく。

では、人形町を代表する老舗店へと参りましょう。