ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

圧巻の人間ドラマ・新生『レミゼラブル』開幕レポート(2ページ目)

3年前、ロンドン初演25周年を記念して登場した『レ・ミゼラブル』新演出版が、ついに日本にも上陸しました。「あの」名作ミュージカルがどう生まれ変わったのか、キャストの熱演ぶりを含め、レポートします!*日本各地での公演を経て11月、東京に帰ってきたカンパニーの様子も追記します!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

エネルギッシュに生き抜く登場人物たち

『レ・ミゼラブル』プロローグから、バルジャン(キム・ジュンヒョン)とジャベール(川口竜也)。写真提供:東宝

『レ・ミゼラブル』プロローグから、バルジャン(キム・ジュンヒョン)とジャベール(川口竜也)。写真提供:東宝演劇部

そのなかで否が応でも気づかされるのが、ジャン・バルジャンに漲る生命力。これまで歴代のバルジャンたちは、投獄されていた19年間という時の重みを背負うように登場してきましたが、この日のバルジャンは逆にエネルギッシュこの上なく、「パン一つの罪で!」等のフレーズでは、憤怒そのものの歌唱を聞かせます。

演じるキム・ジュンヒョンさんは、『ジーザス・クライスト=スーパースター』のジーザス役等、静謐なたたずまいに感情を秘める役を当たり役としてきた役者さんですが、演出家はここではあえて、バルジャンには不当な扱いに対する「怒り」を表現させたかったのだそう。

その後も数奇な人生を辿るバルジャンを、ジュンヒョンさんは終始毅然として、背筋を伸ばしたまま老い、死んでゆく男として演じています。世の理不尽さに立ち向かう、勇気ある「個人」の象徴としてのバルジャン像なのでしょう。

『レ・ミゼラブル』学生たちの革命活動に加わるガブローシュ(加藤清史郎)。写真提供:東宝

『レ・ミゼラブル』学生たちの革命活動に加わるガブローシュ(加藤清史郎)。写真提供:東宝演劇部

彼にとどまらず、今回の新演出では主要人物からアンサンブルに至るまで、登場人物たちの造型が表現力豊かにブラッシュアップされているのが特色です。

ファンテーヌは通常、嘆きから始まりがちな「夢破れて」を叫ぶように歌いだし、強い感情の持ち主であることをうかがわせますし、売春宿や学生たちのシーンではアンサンブルがこまやかな演技を見せ、それぞれの人生のストーリーを垣間見せます。

特に、戦いの合間の休息のシーンでは、ちびっ子ガブローシュ(この日は加藤清史郎さん。まっすぐな歌声と、緊張感の中で野性の勘を張り巡らせる演技が適格)と飲んだくれ男の絆が、台詞無しにも関わらず非常に分かりやすく表現され、それだけに後の悲劇味が際立ちます。

『レ・ミゼラブル』コゼットのもとを訪ねるマリウス(原田優一)。写真提供:東宝

『レ・ミゼラブル』コゼットのもとを訪ねるマリウス(原田優一)。写真提供:東宝演劇部

しかし今回最も変わったと感じさせるのは、マリウス、コゼットの造型。彼らは生き延び、恋を実らせるという点でストーリー上は幸運でも、役としては、報われない恋に殉じるエポニーヌや潔く学生運動に散るアンジョルラス(この日は杉山有大さん。よく伸びる声と清潔感が役にぴったり)に比べ、どうしても存在感が薄くなる傾向がありました。

それが今回、マッキントッシュが「この二人は若さ、美しさ、情熱の象徴であってほしい」と願ったこともあってか、出会い、恋に落ち、夢心地になったり引き離されて絶望したりという過程を、よりくっきりと表現。全身覆い隠されていたようなコゼットの衣裳は若干、開放的になり、「純真な美しい娘」像に「生き生きとした」という形容詞が加わりました。

またマリウス(この日は原田優一さん。誠実な持ち味、歌声で役を輝かせています)も主人公並みの存在感を持って中央に立ち、心情を切々と訴えます。戦いの合間のシーンでは、「コゼットが去って空しい。死んでもいい」と言って眠る彼を、バルジャンならずとも「家に帰してやりたい」と願わずにはいられないでしょう。

この二人の存在感が増すことで、エピローグでバルジャンやファンテーヌ、エポニーヌらが後方から「民衆の歌」を歌い、その手前でマリウスとコゼットがバルジャンの手紙を読むという構図に、大きな意味が与えられます。

背後の人々は死者、つまり「過去」。そしてマリウスとコゼットは「現在」あるいは「未来」の象徴。名もない、しかしそれぞれにストーリーを持つ無数の人々が存在していたことで、人間の「今」「未来」はある。そして、世代から世代へと「愛」や「正義」「希望」が手渡されて行く。そんな世のありさまを切り取って見せたのが、『レミゼ』というドラマなのだと言えるでしょう。

『レ・ミゼラブル』1幕幕切れ、人々がそれぞれの明日に思いを馳せる『ワン・デイ・モア』。写真提供:東宝

『レ・ミゼラブル』1幕幕切れ、人々がそれぞれの明日に思いを馳せる『ワン・デイ・モア』。写真提供:東宝演劇部

以前のようなスペクタクル性よりも、より人間ドラマに力を注いでいるため、例えばバリケードでのアンジョルラスの最期のような様式美的演出がリアリズムにとって代わられたのは、自然のなりゆきかもしれません。今回の演出では、観客もとことん「人間の生き様」を堪能するのが正解でしょう。それを演じる人たちのコンディションや組み合わせによっても、印象が変わることは必至。

ただ、キャスティングが4人というお役もあるので、組み合わせの数は無限にあります。何回観るか、が観客にとっては嬉しい悩みとなりそうです。
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