タイトベントから高速コーナー、長距離ドライブまで
アストンマーティンのフラッグシップカーといえば、先代のヴァンキッシュといい、また旧型に相当するDBSといい、乗り味に“大柄”感がつきものだった。DB9もそうだ。それゆえ筆者などは、同じV12を積むモデルのなかでも、V12ヴァンテージの“小柄な動き”に、ブリティッシュスポーツらしい味わいを求めがちだった。新型ヴァンキッシュには、歓迎したい“小ささ”があると思う。
ボディビルダーのような大げさなものではなく、例えば野生動物の四肢のようなムダのなさで、みっちりとひき締まった強靭な筋肉のごとくパワートレインとボディ&シャシーを融合させ、その結果として力感溢れる美しきクーペスタイルを完成させたかのようである。
小ささは、速さのみならず、扱いやすさにも直結する。しかも、クルマの動く位置が低い。前アシのさばきは、実にシャープでありながら、手応えは素直で、コントローラブルだ。タイトベントから高速コーナーまで、安心してワークできる。いくつかのコーナーを抜けるうちに、V12のフロントエンジンカーであることを忘れてしまいそうになる。それだけ、前後上下の重量バランスも優れているということだろう。
掛け値なしの573psを、レスポンスよく路面に伝え、思いどおりにシャシーをコントロールできたときの、心地よさと言ったら! これぞ、FRスポーツカーの醍醐味というものだ。
もちろん、グランドツーリングカーとして、長距離ドライブを優雅にこなすということも、得意科目のひとつである。フラットな乗り心地は、人によって“硬い”と感じるかも知れない。けれども、パッセンジャーに不快な振動を与えることはまずなく、20分もすれば、硬めの乗り心地など忘れてしまうことだろう。
そう、ナビシートに座っていても、たからかに響き渡るエグゾーストノートを聴いているうちに、心が昂ってゆくからだ。
セケンの声など気にしない。自分の好みを何かと比較したりしない、する必要がない。そんな強いオトナに似合いのハイエンドスポーツカーである。
“征服”しなければならないのは、自分自身の心=スポーツカー観なのだった。