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養護と教育は別もの?

去る2013年2月12日、子ども子育て全国フォーラムに参加しました(全国社会福祉協議会主催)。当日、印象に残ったエピソードをご紹介します。

保育士になることを検討している皆さんには、専門家の視点とはどういうものかを知る意味でも、ぜひ一緒に考えてみていただきたいと思います。

次のエピソードは、フォーラムのパネリスト、渋谷行成さん(母子生活支援施設・新宿区立かしわヴィレッジ施設長)からのご紹介です。

「風呂に入れよ」

ある小学校に、何日もお風呂に入っていないような臭いのする児童がいたそうです。

もし皆さんがこの子の担任だったら、なんと声をかけますか? 何も言いませんか?

これは実際にあったエピソードだそうですが、担任はクラスみんなの前で「風呂に入ってこいよー」と言ったのだそうです。
ここで問題なのは、こどもの自尊心を傷つけたとか、みんなの前で恥ずかしい思いをさせたということだけではありません(それはそれで問題ですが、今回の話題はそれではないのです)。
こどもの専門家として、本来なら、こういう思考回路が求められます。

・お風呂に入っていないような臭いがする。

・家庭内はどんな様子なのかしら?

・もしかしたら保護者に世話をしてもらえていないのでは?

・ネグレクト?(児童虐待・育児放棄)

と考えていき、個別に話を聞く時間を設けたり、家庭内での出来事を尋ねてみたり、ほかの職員とも連携しながら注意深く様子を見守りつつ適切に働きかけていくことが必要なのです。

養護と教育は別物なのか?

このような考え方は、児童福祉・養護の専門的な視点であり、学校教員に欠けている場合があると、渋谷先生は、おっしゃっていました。
つまり、教員養成課程(教育学部)では、こういった、こどもの福祉に関する専門教育が充分とは言えず、国語・算数…といった教科教育法に重点が置かれているために、適切な対処ができない教員もいるというわけです(現に、教育学部音楽科卒業の私も、在学中は音楽の勉強に明け暮れておりました)。

しかし、皆さまどう思いますか?
こどもを『学校で教育する』ことを考えるとき、家庭・家族の問題、心身の成長・発達の問題などについて、「それは福祉ですから。わたしは教育方面の人間なので専門じゃないんです」と言って、切り離せるものでしょうか?
確かに、学級担任がこどもの家庭や生活のことについて専門的な視点を持っていないとしたら、こどもを一人の人間として、まるごと受け入れる学校としては不完全だと感じます。
科目の指導だけでしたら、学習塾と変わらないですものね?

このエピソードのように、養護の専門的な視点に欠けた教員を生み出す背景には、現行の制度(養護と教育の所管が別であること)の問題も大いにあると考えられています。
保育・教育に関わる学者の方々が、いま一生懸命に発信していることでもあります。


養護と教育は一体的なもの

保育所保育指針では、保育所の役割として、『養護及び教育を一体的に行うことを特性として』います。
このように保育の世界では、養護と教育を切り離して考えるのは不自然であり、本来、一体的なものであるという考えが定着しています。

しかし、政策・制度上で、相変わらず『福祉・養護(厚労省)』『教育(文科省)』に分かれたままであることが、このエピソードのようなことが起こる要因にもなっています。
単に、待機児童解消のための幼保一体化でなく、日本の教育制度の刷新という意味からも、制度の一体化が望まれています。

いかがでしょうか?
教育とは? 福祉・養護とは? を専門的な視点で考えてみるきっかけにしていただければと思います。
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