絵本を開けば広がる夜行列車の世界
今回は、子どもたちに大人気の乗り物絵本の中から、字のない絵本『やこうれっしゃ』をご紹介します。「絵本は、絵と言葉が織りなす芸術といわれているのに、字が書かれていないなんて、どう読めばよいのかわからない……」という方もいらっしゃるでしょうが、ご心配には及びません。この作品なら、ページをめくればあっという間に絵本の世界に引き込まれます。舞台は、上野発の夜行列車。ほら、発車のベルが、もうすぐ鳴り響きそうですよ……いくつものドラマが見えてくる「字のない絵本」
表紙を開くとすぐ、この絵本の主人公らしき親子連れと列車の目的地が描かれています。次のページでは、この親子が、上野駅中央改札付近の喧騒の中、改札口を目指して歩いています。この先、絵本に文章はいっさい書かれていませんが、時刻や季節はもちろん、天候や列車の速さまで、本来文章で語られるはずの情報がキッチリと絵に描きこまれています。
それを踏まえて、描かれた人物をじっくり見ていくと、あれあれ、気になる人がたくさんいますね。今はいなくなってしまった赤帽さんが、荷物を運んでいるかと思えば、親戚の結婚式の帰りなのでしょうか、お揃いの風呂敷を手に留袖を来た一団が、互いにあいさつを交わしています。大きな箱を大事そうに持ったおじさんや、スキー板を担いだ若者たちもいます。
そんな何気ない駅や車内のワンシーンが、丁寧にいきいきと描かれているので、私たちは、いつの間にかすっかり絵本の世界に引き込まれてしまいます。
読者が年齢の高いお子さんや大人なら、画面に気になる人物を見つけたら、ちょっと想像してみましょう。その人の職業は? 家族はいるのかな? 旅の目的は観光でしょうか? それとも仕事? その人物の服装や持ち物などを手掛かりに、いろいろ想像するうちにその人の人生までが見えてくるような気がしませんか。文章はないけれども、「絵を描く際には、人物設定など作り込まれたシナリオがあったのではないか」と思わせるほど、隙のない見事な描写が続きます。
もう少し小さな読者たちは、もっと気楽に、同年齢の子どもたちやペット、お弁当の中身やお菓子にまで目を光らせて、お気に入りのものを見つけては、歓声をあげたりすることでしょう。また、かくれんぼ絵本のように特定の人物を探して遊ぶというのも面白そうです。
でも、この作品の楽しみは「想像と発見」だけではありません。字のない絵本だけに許された特別の楽しみがあるのです。
>> 文字がない絵本だからこそ、逆に、感じて楽しめる事とは……