タイ、世界遺産条約からの脱退を表明
世界遺産「古都アユタヤ」も非世界遺産化してしまうのだろうか? 写真はワット・ロカヤ・スタの寝釈迦仏
タイ側は当初世界遺産化に賛成しており一旦カンボジアによる登録を認めたが、タイ国内で弱腰外交を非難されてこれを撤回。カンボジアが寺院内にいたタイ人を不法入国で拘束すると、両国が寺院周辺に軍を展開し、2008年秋には軍事衝突が起こった。2011年2月にも衝突が起きており、解決は見ていない。
今回問題になったのはカンボジアによる管理計画だ。タイはカンボジアによる寺院領有の既成事実化を怖れ、周辺地域に及ぶ管理計画に対して主権侵害であるとして議論の停止を求めていた。停止は受け入れられず、タイ政府は世界遺産条約脱退の意向を表明した。
ユネスコのアイリーナ・ボコバ事務局長は、「世界遺産条約は国際協力と対話を促すための重要で欠くことのできないツール」であるとし、世界遺産が「対立のためでなく、対話と和解のためにあるべきだ」として、脱退の撤回を求めている。脱退となればタイの5件の世界遺産も非世界遺産化することになりかねず、この影響も懸念されている。
所有権がはっきりしない「エルサレムの旧市街とその城壁群」の岩のドーム ©牧哲雄
ユネスコは世界遺産条約を通じ、国以上の視点から圧力をかけることも少なくない。たとえばドイツの「ケルン大聖堂」や「ドレスデン・エルベ渓谷」のように、世界遺産の価値を損なうような開発計画に対して反対を表明したり、物件を危機遺産リストに掲載したり、世界遺産リストから削除してしまうことさえある。
世界遺産条約がユネスコがいうとおり国際協力と対話のための重要なツールとなりうるかどうか、その試金石となりそうだ。
危機遺産リストの変更点
これまで危機遺産リストには34件が登録されていたが、今回1件が削除され、2件が追加されたため、計35件となった。概要を紹介しよう。<危機遺産リストから削除>
■マナス野生生物保護区
インド、1985年、自然遺産(vii)(ix)(x)、1992年危機遺産登録→2011年削除
ヒマラヤ山麓に位置するマナス野生生物保護区は、保護区への民族軍の侵入による荒廃と密猟によってインドサイやベンガルトラ、インドゾウの個体数が減少し、危機遺産リストに登録された。反政府勢力の活動は沈静化し、野生生物の個体数も回復傾向にあり、今回危機遺産リストから削除されることになった。
<危機遺産リスト入り>
■スマトラの熱帯雨林遺産
インドネシア、2004年、自然遺産(vii)(ix)(x)
この世界自然遺産は、グヌン・ルスル国立公園、クリンチ・スブラット国立公園、ブキット・バリサン・スランタン国立公園の3つの国立公園からなる計250万ヘクタールに及ぶ熱帯雨林地帯だが、違法な伐採や密猟、不法侵入による農地開拓が横行し、熱帯雨林を横切る道路の建築計画が立ち上がったことから、リスト入りした。
■リオ・プラタノ生物圏保護区
ホンジュラス、1982年、自然遺産(vii)(viii)(ix)(x)
本物件は1996年に一度危機遺産リスト入りし、2007年にリストから削除されていたが、ホンジュラス政府の要請でふたたび危機遺産となってしまった。理由は、世界遺産登録地における違法な伐採や乱獲・密猟、土地の不法占拠、麻薬組織の暗躍など。今回の要請は、ホンジュラスの政府や国民、あるいは国際社会の関心を促し、協力を得るために行われた。
拡大された世界遺産
世界遺産の拡大が登録されたのは以下1件だ。■カルパチア山地とドイツのブナ原生林
Primeval Beech Forests of the Carpathians and the Ancient Beech Forests of Germany
ドイツ/ウクライナ/スロバキア、自然遺産(ix)
ドイツから「The Ancient Beech Forests of Germany(ドイツのブナ原生林)」として推薦されていたもので、2007年に世界遺産登録されていたウクライナとスロバキアの「カルパチア山地のブナ原生林」と一体化して拡大登録された。これまでウクライナの6つ、スロバキアの4つの国立公園や保護区あわせて約3万ヘクタールが登録されていたが、ドイツの5つ・約4,400ヘクタールのブナ林が、氷河期以後の地球生態系の進化を示す重要な例であるとして追加登録された。