赤ちゃんの染色体への影響は?

赤ちゃん

放射線は目に見えないからこそ、よけい不安に

ガイド:
お母さんたちにお話を聞いていると、遺伝子への影響について心配する方が多いようなので、もう少し詳しく教えてください。

塚原医師:
放射線が健康を害するのは細胞のDNAを傷つけるためです。被爆者ご本人は、骨の内部で血液の細胞を盛んに産生している骨髄で、線量に比例して染色体異常のある細胞が増えました。したがって、精子や卵子の染色体異常の増加も心配されるところです。

しかし、被爆した方がその後出産したお子さんには、両親からの遺伝とは無関係の新たな染色体異常(突然変異、つまり被ばくによって生じたかもしれない異常)の発現が0.01パーセントしかなく、被ばくしていない約同数の対象集団と同率でした。つまり、被爆者のお子さんに染色体異常が増加するという事実は見つかりませんでした。

大量の被ばくは、妊娠のしやすさには関わっていました。ICRPによれば不妊は、一時的な不妊も含めると、200~400ミリシーベルトの放射線を長年にわたって毎年浴びたり、一気に150~6000ミリシーベルトの放射線をあびたりすると、そのために起きる可能性が出て来ます。

しかし妊娠したあとについては、死産や奇形の増加も認められませんでした。そのことを考え合わせれば、この統計は、被爆した両親の精子と卵子が放射線によって受けた実質的な影響はかなり小さいということを示すものでもあります。
 

チェルノブイリ原発事故の影響は、報告者によって見方が異なる

ガイド:
チェルノブイリの原発事故でも、胎内被ばくに関する調査はおこなわれたのでしょうか。

塚原医師:
保健機構(WHO)は、「生殖および遺伝的な影響と子供の健康」と題し、「多くの人にとっては、チェルノブィリ事故により曝露した放射線の量は小さく、放射線曝露が原因の生殖能力低下、死産数、異常妊娠、異常分娩は示されていませんし、これからも生じるとは考えられません……」と報告しています。

しかし、WHOと同一の調査データの解析でも、染色体異常や奇形に関してWHOとは異なった解析の報告もあります。ベラルヘーシ国立医科大学のラジューク博士と広島大学の佐藤幸男博士らの解析では、次のように報告されました。

  1. ベラルーシの汚染地域と非汚染地域で、1986年~88年の妊婦と新生児の細胞の染色体を検査したところ、チェルノブイリ周辺のCs137 汚染555kBq/m2 以上の汚染地域で染色体異常の頻度が著しく増加していました。
  2. 1986年~88年、妊娠初期(妊娠5~12週)に人工妊娠中絶された胎児の奇形発生率をチェルノブイリ汚染地区とミンスク市で比較すると、ミンスク市の4.9パーセントに較べ、チェルノブイリでは7.2パーセントになりました。また同期間中に、チェルノブイリ周辺の汚染地区では、新生児の奇形発生頻度も著しく増加しました。
  3. 爆発のあった10ヶ月後に当たる1987年1月には、最も放射線の強かった地域に滞在していた母親からダウン症の出生が増加しました(ベラルーシ全体で千人中2.5人という割合で、これはその前後の月の2.5倍)。

これらは、チェルノブイリ事故と関係していることが証明されたと結論付けています。

このように、データが存在しても、その同一のデータを誰がどう読むかによって解釈が別れ、結論が変わることがあります。ダウン症の赤ちゃんが1987年1月に増加したということは統計上明かです。ただダウン症の発生は月ごとの統計で見ると大きな乱高下があるもので、このときも翌月には平常の値で、その何年かあとにもその1月に迫る急上昇の月が出るなどしていますので、その読み取りは難しいものがあります。

被ばくによって起きる可能性があること――染色体異常や奇形、精神遅滞などは、多くの場合、被ばくがなくても起きます。だから判別が難しいのです。
 

ICRP(国際放射線防護委員会)の胎児被ばくに対する考え方は?

ガイド:
放射線に関する国際的な組織は、妊娠中の被ばくについてどのようなことに言及していますか。

塚原医師:
それは、現時点では、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告が代表的なものです。2007年に発表された「ICRP publication 103」では、精神遅滞に触れており、「閾(しきい)値」は低く見ても300ミリシーベルトは下らないだろうから、数十ミリシーベルト の子宮内被ばくでは、子どものIQにいかなる影響もないとしています。

閾(しきい)値とは、古い日本の家屋では、家の中に入るときには“しきい”をまたいで入ります。しきいは家の外と中を区別する境界線です。“閾値”というのはこの言葉に由来しています。「その値を超えると放射線障害が起きるが、それ以下の場合は起きない」とされる境界線の線量のことです。

同じ勧告では、奇形の発生については、閾値は100ミリシーベルトとされています。また「ICRP publication 84」という勧告では、「妊娠のどの時期であっても、100ミリシーベルト以下の胎児被ばく線量では妊娠中絶の理由とすべきではない」としています。


>>低線量被ばくを考えるキーワード「閾値」について