アパートやマンションの建て替え、売却の際に、どうしても直面するのが入居者の立ち退きの問題です。立ち退き交渉はスムーズにいかないことの方が多いのが現状です。私の身近で起こった過去の実例からいくつかをご紹介します。

立ち退き交渉で失敗した事例

立ち退き交渉

気の進まない立ち退き交渉

私が若い頃相談を受けた案件です。入居者との間でほぼ合意が成立し、合意書にサインをする段階まできたところで、オーナーさんの衝動的な行動で振り出しに戻ってしまったことがありました。そのケースではオーナーさんは、2階建ての自宅兼アパートを取り壊し、7階建のマンション建築を計画しており、ご自身は早々に引っ越しして、すぐにも工事を始めようという状態でした。

そこで時間を最優先として交渉に臨み、立ち退き料200万円で合意するに至ったのです。契約時に100万円、退去時に100万円をオーナーさんから入居者に支払うという内容です。そしてオーナーさんの立ち会いの下、合意契約書にサインするところまで漕ぎつけました。

ところがオーナーさんは、合意はしたものの、内心ではそんな大金をとられるのがおもしろくなかったようです。合意契約時に支払うことになっていた100万円をポケットから取り出すや、なんとその入居者に投げつけてしまったのです。

当然、入居者は怒り、契約を拒否。交渉は破談となって、最初からやり直しになってしまいました。結局、立ち退きまでそれから更に1年かかることになりました。

オーナーさんは200万円と聞いて「いったい何年分の賃料なんだ」と思い、悔しくなったのでしょう。気持ちはわかりますが、やってはならないことをしてしまいました。

賃貸事業における1年間の損失は大きなものです。運悪くその間に金利が上昇し、建築資材も値上がりし、オーナーさんが仮住まいする期間も1年延びて、余分な家賃がかかりました。順調に建て替えが進んでいれば入っていたはずの家賃も1年先に延びてしまい、損害は200万円どころではありません。

立ち退き交渉では、いったい何を目的として交渉しているのかを自覚し、常に冷静に損得を考えることが必要です。当然、相手と紛争を起こすことや溜飲を下げることが目的ではありません。土地を有効活用し、そこから収益を上げることが目的であり、その目的を達成するために交渉を行っているのです。それを忘れて感情的になってしまうと、このケースのようにみすみす損害を大きくしてしまうことになります。

同じような例は珍しくありません。

和菓子屋さんが入居していたビルの、立ち退き相談を受けたことがあります。この和菓子屋さんは最初「1000万円ほしい」と言っていたのですが、交渉の末、800万円で立ち退くことを了承したのです。

ところがオーナーさんはそんな大金を支払うのが悔しかったのでしょう。交渉結果に納得せず、改めて弁護士を立てて、和菓子屋さんと再交渉を始めたのです。結果は1年後に出て、前回と同じく、800万円を支払って立ち退く、という内容の合意でした。

ここでも1年間の損失です。弁護士費用、仮住まいの費用、いろいろなものが無駄になりました。オーナーさんの気持ちはわかりますが、感情に囚われると、事業経営者としての発想ができなくなってしまいます。