ナイキゴルフ部門に参画!

NIKE BLUE

ナイキゴルフ初代ドライバー。275ccと350ccの二種類があった。


 
最近ゴルフを始めたゴルファーには意外に感じられるかもしれませんが、世界的スポーツブランドであるナイキ(NIKE)も、ゴルフの世界では歴史が浅く、とくにゴルフクラブに関しては、2001年に初めてのドライバーを発売して以来、9年ほどしか経っていません。

しかし、タイガー・ウッズをはじめ多くのナイキ・ゴルフアスリートが使用し、次々と新しいコンセプトのクラブを生み出しているナイキゴルフの製品は、世界中のゴルファーに注目されています。

そんな世界的ブランドのウッド・アイアンの開発を担当しているのが、実は日本人スタッフなのです。製作責任者のトム・スタイツ氏のもとで、プロダクトエンジニアリングマネージャーを務める川口洋(ひろし)氏です。
ツアープレーヤーのクラブ開発も担当し、ナイキのゴルフクラブ開発のまさに中心人物。
今回は、日本だけでなく、アメリカ、アジア、ヨーロッパ市場などグローバルに展開するクラブ開発に携わっている日本人スタッフ、ナイキゴルフ川口洋氏へのインタビューです。

ガイド:川口さんはもともと別のメーカーで、クラブ開発に携わっていたということですが、活躍の場をナイキゴルフに移された理由はなんですか?

川口:ちょうどナイキで、新しくゴルフクラブ部門を立ち上げるという時期でした。ナイキという大きな会社の持つブランド力やリソースの可能性などに魅力を感じました。
自分のやりたい新しいクラブづくりができるのではないかと。

ガイド:ナイキの初めてのドライバーは、青いヘッドの275cc、350ccのチタンドライバーでしたね。

川口:私は、2002年からナイキでのクラブ開発がスタートしたのですが、私から見ると、初代モデルはまだまだの出来だった。フレックスによって、シャフト製造のメーカーが違ったり、ヘッドのつくりにも疑問があった。
ナイキとして最初に出したモデルの印象は強く、まず、それを変えることが課題になりました。

ガイド:ナイキでの初めてのお仕事はなんですか?

川口:T40という低重心設計のフェアウェイウッドです。それから、日本限定モデルですが、プロコンボアイアン・チタンフェース、380チタンドライバーなどを開発しました。
380は、デザインは初代モデルとほぼ同じでしたが、中身は全く違います。幸い評判も良く、日本限定モデルであるにもかかわらず、PGAツアーのプレーヤーにも使用してもらうことができました。