グリシ・シクニスはミスキート族の心の解離症状
グリシ・シクニスで見られる、悪霊が憑依したようなトランス状態は、精神医学的には心が解離した状態です。解離とは自分の周りの事に対する知覚、認識が変化し、自己のアイデンティティ、記憶に混乱が生じる現象を指し、軽度の心の解離は日常的によく起こります。例えば、「ボーとしていて人に背中を叩かれてふと我に返ったが、その間、何を考えていたか記憶がない」、「本に熱中している余り、携帯の鳴った音に気付かなかった」、「道すがら郵便を出そうと思いながら歩いている内にふと気付いたらポストを通り過ぎていた」といった時です。心が重度に解離すると病的な症状が出現します。記憶が無い時期がある「健忘」や本来の自分とは異なる人格の出現する「多重人格」といった症状が典型的ですが、その人の属している社会、生活環境の影響が強く出る場合があり、グリシ・シクニスはミスキート族に見られる、文化依存症候群の一つとされています。グリシ・シクニスが起こる背景には悪霊を信じるミスキート族の文化があり、また、実際に、グリシ・シクニスになった人を目撃する事によって、悪霊が憑依するとグリシ・シクニスの状態になる事が潜在意識に刷り込まれていて、解離が進むと潜在意識に刷り込まれていた内容が実現されるのかもしれません。
グリシ・シクニスは悪霊に対する知識がある治療者によって、独特の儀式を介して治療されますが、西洋医学はグリシ・シクニスに対してほとんど効果がありません。グリシ・シクニスでは心が解離していく過程でミスキート族特有の文化の影響を受けているので、解離した心を元の状態に戻す際にミスキート族の文化を織り込んだ治療が効果的になるのでしょう。もしかしたら、ミスキート族では、グリシ・シクニスから回復する為には治療者が必要という事が潜在意識に刷り込まれているのかもしれません。
また、村の人口の約4分の1が次から次へとグリシ・シクニスを起こした事も興味深い現象です。心が重度に解離する事は何らかの刺激によって比較的容易に起きる事かもしれません。一体、何がミスキート族に解離を起こさせる刺激となったのでしょうか?ミスキート族はそれを悪霊と解釈していますが、もっともな事だと思います。
ところで、ミスキート族に起こる集団憑依現象は、悪霊はナンセンスとされる科学文明にとっては無縁に思えるでしょうが、集団的に心が解離してしまう事自体は起こり得る事です。どんなに科学が進んでも占いや迷信が好きな人は多いでしょうし、この世のすべての現象を説明できる訳ではありません。いつのまにか私達の文化にも特異的な解離を起こし得る要素が芽生えてしまい、新たな文化依存症候群が生まれてしまう…。
秋の夜長に思いを巡らす材料として、解離現象は如何でしょうか。
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