猫の慢性腎不全とその管理、生活の質について考える
猫は慢性腎不全が進行すると非常に痩せてきます
イエネコの先祖は砂漠に棲むリビアヤマネコだといわれています。乾燥した砂漠地帯では、水や獲物がいつでも十分に捕れることはないので、猫の体は身体に取り込んだ水分や栄養素をギリギリまで高濃度に蓄える機能を身につけてきました。それはすなわち、腎臓や肝臓にかなりの負担を強いる機能構造になっているということです。
というわけでそれまでに特別な慢性病がなくても、高齢になった猫のほとんどは腎臓の機能が衰え、慢性腎不全になります。
ここでは高齢猫が直面する慢性腎不全とその病気の管理、そして猫にとって一番よいクオリティ オブ ライフ(Quality Of Life=生活の質、以下QOL)とは何かを考えてみたいと思います。
猫の慢性腎不全
慢性腎不全とは、長い慢性的な経過をたどり腎臓本来の組織や機能が失われる病気です。慢性腎不全は10歳前後の猫では10頭に1頭ですが、15歳以上になると3頭に1頭が抱えている病気と考えられています。浄水器などは、有害な物質を取り除いてきれいな水だけを排出しますが、腎臓は有害物質を取り除くだけの濾過装置ではありません。尿細管を流れるうちに、老廃物と体に必要なブドウ糖やアミノ酸などの有用な物質をより分け、また血液中のミネラルのバランスによってナトリウム・カリウム・カルシウムなど色々な物質の吸収・排泄を調節し、血液に戻してくれます。体内の水分調節も行い、水分が過剰な場合はたくさんオシッコを出し、脱水があるときは水を再吸収してオシッコの量を減らします。
このように腎臓は大変よく働きますが、日々濾過するときに毒素にさらされる危険性の高い臓器です。腎臓は肝臓などと違い、再生がきかず破壊されてしまった組織を治すことはできません。腎臓組織の一部が壊れると、残っている組織だけで今までと同じ働きをしなければならないのでよけいに負担がかかり、ますます腎臓は弱っていき慢性腎不全が進行していきます。腎臓が壊れてしまうと、尿が作れない=尿毒症になり、体の老廃物(尿素・クレアチニン・その他の毒物)を捨てることができなくなります。
猫の慢性腎不全のサイン
腎不全とは、腎機能の3/4以上が失われた状態ですが、腎臓が1/3しか稼働していなくても、猫には症状があまりみられません。慢性腎不全はわかりやすい症状を示さないことが多く、ゆっくり進行する病気なのです。慢性腎不全が進行していくと徐々に痩せはじめますが、高齢になった猫も痩せていくので、病気が進行しているのか、単に老いているのか判断がつきません。腎機能障害が進行すると、食欲不振が続き、多飲多尿になり、水分を排出できないせいでむくんだり、皮膚をつまみ上げてもすぐに元の状態に戻らない(=脱水)が起きていたり、皮膚の栄養が低下するため傷が治りにくかったり、栄養の低下によって毛艶がなくなりぱさついていたり、疲れやすくなってよく眠るなどの症状が目立ってきます。もし尿毒症があれば、嘔吐や口内炎、下痢なども起こします。高血圧を合併することも多く、心臓にも負担がかかりますので、脳内出血や心臓発作を起こすこともあります。
多飲多尿が腎不全のサインといわれるのは、腎不全になると尿の濃縮ができなくなるので、体が自然と水を要求する(=飲水量が増える)きちんと濾過されないオシッコが増えるというわけです。猫の尿量が増えた、猫が今までよりたくさん水を飲むようになったと気づいた時点では、猫の腎臓の60%以上が機能しなくなっています。
腎臓の機能低下がわかったら……
慢性腎不全に至った猫の場合、根本的な治療は期待できず、今以上腎臓機能が低下することを遅らせる、今の機能を少しでも長く維持することが治療となります。人間の場合ですと、人工透析装置を使い身体の中の不要物を濾過することも可能ですが、猫の人工透析を行ってくれる施設はまだわずかで、また猫の腎移植もまだまだ研究段階です。というのも、猫の場合は血圧、脱血、送血に関係するシャント血管の作成手術が困難だからです。最初にできることは、適量のタンパク質とリンとミネラルを制限した腎臓病対応の食療法食に変更すること。食事を変えるだけでも腎不全の進行を遅らせることができるといわれています。生活面でも進行を遅らせるために、猫がリラックスできてストレスが少ないこと、いつでも新鮮な水が好きなだけ飲めること、そして毎日コーミングして血行をよくするなどを行います。
尿検査の結果や、多飲多尿が見られるほど症状が進んでしまうと、輸液や輸血、薬物治療が必要になってきます。様々な治療を試みても、腎機能が極限まで低下してくると治療に対する反応が悪くなっていきます。もし腎臓の機能がかなり低くなっいてることがわかって脱水が認められたら、自宅で補液(皮下点滴)を行うとよいでしょう。輸液は獣医師の判断で行わなければいけませんので、指示を仰いでください。腎臓や肝臓などの臓器の機能低下がわかった猫のワクチンや定期駆虫は、必ず獣医師に相談してから行ってください。
腎臓の機能検査
■血液検査腎臓の状態は血液の尿素窒素(BUN)と血清クレアチニン(Cre)の値で判断します。もし検査の値が基準範囲内だとしても、腎臓の全機能が正常に働いているとは限りません。血液検査の値が上昇するときには、すでに腎臓の70~80%が機能しなくなっているといわれています。
- 尿素窒素検査(BUN)
タンパク質(食物など)の老廃物で、腎臓の排泄機能が悪くなると尿素窒素が尿中にうまく排泄されなくなり血液中の濃度が上がります。
増加の場合
急性/慢性腎炎、腎不全、脱水、尿路閉塞(尿路結石)、糖尿病、感染症など
低下の場合
タンパク質欠乏、肝障害など
- クレアチニン検査(Cre)
筋肉が活動したときにできる物質で、尿素窒素(BUN)と同じく、腎臓の糸球体で濾過され尿中に排泄される一種の老廃物です。もし障害があると、うまく排泄されず血液中の濃度が上昇します。クレアチニンは尿素窒素とは異なり、腎機能の障害以外ではほとんど影響を受けないので、正確に腎機能障害の程度を知ることができます。
増加の場合
腎機能障害、筋障害など
BUN値÷Cre値=20以上の場合は、脱水などがないか?BUNが高くないか?Creが低くないか、など注意すべき病態を注目する必要があります。
■尿検査
実際の現在の腎臓の状態を知るためには、尿検査を行い、色や比重・蛋白を調べる方が有効です。自宅で採尿した尿で検査することも可能ですが、その場合は尿を取るお皿などが無菌状態であること、採尿して30分以内の尿であること(それ以上時間がかかる場合は冷蔵保存が必要)など、検査に適した尿を取るのはかなり難しいです。経験豊かな獣医師であれば、膀胱穿刺(膀胱の中から注射器で3ml程度の尿を吸い出す)を行ってくれますので、少しオシッコが溜まっている時に病院に連れて行くのがよいでしょう。その場合、夜中以降検査まで絶食させておく必要があります。
尿比重の解釈は、その猫の体の水和状態に対して尿比重が適切であるかどうかを判断基準にします。
- 1.035以上……十分な濃縮
猫の場合、濃縮能が1.035以上あれば問題はありません。ちゃんと尿を濃縮して水分を体に戻しているので、腎臓はきちんと働いている状態です。 - 1.013~1.034……腎臓が弱っている初期の状態
脱水が起きている時(=水分が余分に捨てられている)は、体が水分を必要としているのに、尿からどんどん水分が捨てられていく=腎臓がちゃんと働いていないことを意味します。余分に捨てられている尿は濃縮されていないため、ほとんど色が付いていないような薄い色です。いつも薄いしゃぶしゃぶの尿を排出しても、1回だけの尿検査の値で判断せず、最低でも3回は調べられるべきでしょう。もし、3回続けて濃縮能が1.013~1.034の場合は、腎臓が弱っている初期の状態と思われます。大抵の場合、この時点では血液検査のBUNやCre値に異常は見られません。 - 1.008~1.012……濃縮も希釈もない状態、腎不全
濃縮能が1.008~1.012になると、腎臓は全く仕事をしていない(=濃縮も希釈もしていない)状態で、すでに腎不全。糸球体で濾過された液体をそのまま出している、糸球体濾液と同等で尿細管は水を再吸収するという仕事をしていない状態です。 - 1.007以下……希釈がある(他の病気かも)
もし1.007以下の濃縮能であれば、腎臓は希釈という仕事をしているので腎不全ではありません。糸球体濾液1.008~1.012の間より水が増えているので、尿細管は水を出して薄める仕事を行っています。しかし、何回検査しても1.007以下というのも問題です。このままだと身体の中の水がどんどんなくなってしまうことを意味するからです。この場合は、頭の中で何か起きていないか? ホルモンがおかしいか?など頭の病気が疑われます。
その他の尿所見で腎疾患の存在を示唆するものとして、尿比重が1.035以下で蛋白尿が常に出ている場合は要注意です。また蛋白をCreで割って、その値が猫では0.6~1.0以下であれば正常です。1.0を超える場合は異常値なので、腎疾患が疑われます。
猫のQOL(クォリティ オブ ライフ・生活の質)
もし愛猫に慢性腎不全やガンのような完治が難しい病気がわかったら、じっくり家族で話し合ってから、獣医師とどのような関係を保ち治療に望めばよいか考えていただきたいと思います。たとえば、お金がいくらかかってもよいので最新の少しでも効果の高い治療を行って1日でも長く生きて欲しいか、完治が難しいのであれば寿命を延ばすことよりも猫が自宅で家族とともに今までと同じような生活を送れることを望むかなどです。通院などにどれだけ時間が割けるか、毎日通えるのか週1回しか通院できないかなども、最初に確認した方がよいでしょう。
まず、病気を的確に診断し、最前と思われる治療プランを複数選択させてくれる獣医師を捜しましょう。獣医師にはきちんとインフォームドコンセント(説明と同意)を求めましょう。もしそれをおざなりにする獣医師であれば、別の獣医師を探した方がよいかもしれません。いつもの主治医が専門外の病気であれば、専門家の病院を紹介してもらうなどセカンドオピニオンを他に求めることに遠慮しないでください。もし完治が不可能な病気だとわかったら、お別れまでの時間をどう納得できるように過ごすか考えてください。
ご家族が猫とどのような関係を築いているかで違ってくるでしょうが、過去に何頭も見送ってきた経験から、わたしは猫が自ら喜んで食事をしてくれることが第一優先だと考えています。もしかしたらその病気にはよくない食事だったとしても、猫が喜んで食べてくれることを優先したいと思います。猫がいる環境をできる限り変えないで、いつもと同じように猫と接し、猫を構ってあげることが重要だと考えます。そのためには、積極的な病気の治療をしないで、QOL(生活の質)を落とさないための痛みを取る治療のみを行うという選択もあります。
結局のところ、どんな選択肢を取ったとしても必ず後悔が残ります。あの時のああしていれば、こうしなければもっと違ったんじゃないかと後悔するのが当然なのです。しかし、一度に二つの選択肢を選ぶことはできません。わたしは最終的に、飼い主がどこまで納得できるかが一番重要だと思っています。
人間であれば、この苦しい治療は病気と闘っているので仕方がないと納得できるかもしれませんが、猫には苦しい治療の意味が理解できません。どんなに効果が上がる治療だとしても、猫にしてみたらもしかしたらいじめられているとしか感じられないかもしれません。
世界保健機構(WHO)は、人間のQOLを評価するための国際的な評価基準を持っていますが、動物における評価基準はまだ選定されていません。しかし動物のQOLを健康と気分の身体的・精神的両面の組み合わせであるとみなし、1. 空腹や喉の渇きがないこと、2. 負傷・疼痛・病気のないこと、3. 恐怖・苦痛がないこと、4. 正常な行動の自由、5. 不快感がないこと、という「5つの自由」という既存の考え方を当てはめることができます。
加齢による避けられない老化や慢性腎不全のような病気を抱えるのが仕方がないものだとしても、適切なケアを行うことで最後まで穏やかな生活をおくらせてあげてください。猫も大切な家族です。
【参考資料】
JBVP VT-LS 臨床病理学「腎臓の検査?1,2」石田卓夫先生
【参考リンク】
日本臨床獣医学フォーラム
血液検査に関する参考リンク
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