三田、宝塚の住宅地と都心を結ぶ足
JR西日本の路線図。宝塚線(福知山線)は、関西の北西部のニュータウンと都心を結ぶ路線。 |
正確にいうと「福知山線」は、東海道本線の「尼崎」と山陰本線の「福知山」を結ぶ路線。福知山は京都府に位置し、「丹波黒豆」などが有名な山間の盆地。大阪から特急で一時間半ほどかかるこの地と大阪都心を結ぶこの路線は、一昔前はディーゼル機関車が牽引するかなり古い客車で有名でした。都心の大阪駅にディーゼル機関車がぽつりと止まっている「福知山線」のホームは、そこだけがタイムスリップしたような感もありました。
その様子が一変したのは、その沿線の宅地開発が進んだころからでしょうか。 尼崎から宝塚まで電化されたのが1981年、1986年には全線が電化され、ニュータウンが開発されていた「西宮名塩駅」「新三田駅」が開業しました。 そしてこれらの住宅地の住民が増えるにつれ、乗客も増えてきたのです。
複雑に乗り入れをする「尼崎駅」
尼崎は2路線が交差する駅。また他路線の乗り入れも行われ、ダイヤも複雑。 |
「東西線」開業と同時に、「福知山線」「片町線」が乗り入れをすることになり、三田や宝塚から、乗り換えなしで「京橋」や「同志社前」などにアクセスできることになったのです。さらに、この「福知山線」は途中の尼崎駅で、東海道線(神戸線、京都線)にも乗り入れる電車もあり、更に便利になりました。つまり、「福知山線」からは、東西線経由で「京橋」「同志社前」などに行くダイヤと東海道線(神戸線)に乗り入れ、直接「大阪」や「新大阪」「京都」に行けるダイヤが混在していました。2路線に向かう電車が選べる、利用者にとってはとても便利な路線です。
さらに、尼崎駅では、他路線への乗り換えもとても便利にできるような工夫もありました。上り(西行き)では東西線「京橋」方面と神戸線「大阪」方面の乗り場が同じホームの向かい側に配置されています。同様に、下り(東行き)では神戸線「三宮」「姫路」方面と福知山線「宝塚」「三田」方面が同じホームの向かいに配置され、すぐに乗り換えることが出来ます。
しかも時間帯によっては、その乗り換えが待ち時間なしでできるよう、同じ時刻に2つの方面から電車が到着し、同じ時刻に発車するというダイヤが多くありました。尼崎駅を降りると、向かいのホームには乗り換え電車が待っているといった風にです。つまり、乗客にとっても、尼崎駅での「1分30秒」の遅れは、いつもの電車に乗り換えができなくなり、文句のひとつもいいたくなる状況であったことは確かです。
福知山線は、阪急電鉄との競合路線
また、このJR福知山線は「阪急宝塚線」とほぼ同じ区間を走っています。阪急とJRの「宝塚駅」は一本の道路を挟んであります。また近隣にある駅としては、阪急「中山」とJR「中山寺」、阪急「川西能勢口」とJR「川西池田」の両駅なども互いに近くに駅があり、住民はどちらの路線も使える状況でした。JRと阪急を比べると、速さでは断然JRが有利。宝塚-大阪・梅田間で比べると、JRでは22分、阪急では31分となんと9分の格差がありました。料金では、JRが320円、阪急が270円とこちらは阪急が有利。ところが、定期券は逆転。同じ区間の1ヵ月通勤定期では、JRが9,760 円、阪急が10,830円とJRのほうが安くなっています。利用者確保のために、JRが価格を下げてきているのがわかりますね。沿線に住む我が家にも「速くて、通勤定期は安い」と阪急との比較をうたったJRの広告が、新聞折込に入っていたこともよくあります。実際、JRの速さと定期代の安さから、阪急からJRに通勤路線を変えた知人もたくさんいます。
このように急激に利用客を伸ばしていった「福知山線」。では、沿線のようすはどのうなものなのでしょうか? 次のページでは、沿線の住宅環境について紹介します。