タケミカヅチとフツヌシの大仕事

奈良のしか

奈良公園に群れ遊ぶ鹿の祖先は、鹿島神宮からやってきた

それから長い長い時が流れました。ある日アマテラスオオミカミは高天原から地上を眺め、「あのオオクニヌシノミコトが治めている国は、なかなかよろしい。あれは、わたしの子孫が治めるべきである」という、いささか強引な意見を述べました。地上に向けて使者を送るも、そう簡単には行かず、最後に、力自慢として知られるタケミカヅチフツヌシがオオクニヌシがいる出雲に派遣されました。

オオクニヌシとその長男は比較的あっさりと国を譲ることを承諾したのですが、次男のタケミナカタという神様は納得しません。タケミカヅチタケミナカタに力比べを挑み、タケミナカタはあっさりと負けて、出雲からはるか遠い信州の諏訪まで逃げました。このタケミナカタという神様を祀ったのが、あの諏訪大社です。また、この2人の神様の力比べが、相撲の起源とされます。一方オオクニヌシは、国を譲った見返りに、天に届くほど大きな屋敷を建ててくれと言いました。それが出雲大社です。

鹿島神宮の鹿

 鹿島神宮の鹿は柵の中にいて、少し窮屈そう

「国譲り」で大きな功績をあげたタケミカヅチフツヌシは、平城京に春日大社を建てる際に迎えられました。そのため、春日大社に祀られるもっとも重要な神様は、実は鹿島のタケミカヅチなのです。招かれたタケミカヅチは、鹿島の白い鹿に乗って奈良まで飛んでいきました。現在、奈良公園にいる鹿たちは、その子孫とされます。

ここでわかるのは、関東にも、平城京より古い神社があったということです。江戸時代以前の日本史の舞台は多くが関西中心となりますが、関東の歴史も侮れません。

鹿島神宮は広大な森が魅力

タケミカヅチノミコトが祀られた鹿島神宮は、紀元前660年に創建されたと伝わっています。武の神として古くから皇室や藤原氏の崇敬を受け、さらに鎌倉期以降は武家政権の信仰も得て、ますます立派な神社となりました。境内にはうっそうと樹木が茂り、神様の場所にふさわしい雰囲気を作り出しています。

主な見所
・立派な朱塗りの楼門。1634年、徳川頼房公が奉納した、日本三大楼門のひとつ。
鹿島神宮の楼門

鹿島神宮の楼門

・風格ある本殿。1619年、徳川秀忠公より奉納されたもので、国の重要文化財。
・鹿が群れ遊ぶ鹿園。しかし、奈良公園と違って柵の中で飼われている。
・神秘的な奥宮。1605年に本殿として奉納された建物だが、場所を移して、奥宮としました。
鹿島神宮の奥宮

鹿島神宮の奥宮


・要石。この石が地底の大なまずの頭を押さえているため、この地方には大きな地震がないとされます。

お勧めのパワースポット
・謎が深まる御手洗池(みたらしのいけ)
御手洗池

境内の一番奥にある御手洗池

御手洗池の水は、神代(しんだい)より湧き出し、旱魃の際にも、枯れることはありませんでした。その水は清く、今でも飲料水として汲みに来る人がたくさんいます。近くに「一休」というおやすみどころもあり、湧水を使ったそばやコーヒーをいただけます。

鹿島神宮のホームページ