介護保険が施行され、高齢者が利用する介護保険施設などでは、点滴を引き抜かないよう、ベッド柵に手を縛る、おむつを自分ではずせないよう、拘束衣を着せるといった身体拘束が原則として禁止されました。厚生労働省は『身体拘束ゼロへの手引き』 という小冊子を作り、身体拘束ゼロ作戦を推進中。2001年4月には、悪質な身体拘束を続けている施設は介護保険指定を取り消すという通達も出ました。果たして、身体拘束ゼロは実現できるものでしょうか。
●身体拘束はなぜいけない?
そもそも、身体拘束はなぜいけないのか。本人の安全確保のためには必要、と考えている施設もまだ数多くあります。
しかし厚生労働省は、筋力の低下、食欲低下などの身体的弊害、本人や家族に精神的なダメージを与え、介護・看護スタッフの前向きな気持ちを踏みにじるといった精神的弊害、そして、介護施設に対する社会不信を招くといった社会的弊害という、3つの弊害があるといいます。
そんなに難しく考えなくても、縛るという不自然な行為はしないにこしたことはありません。でも、身体拘束しないと様々な問題が起こりうるのも事実です。
●身体拘束しないとどうなる?
まずは、転倒の危険がふえます。ベッドから落りようとして転ぶ、イスから立とうとして転ぶ、トイレに行こうとして転ぶ。転倒は、しばしば骨折→寝たきりという方程式に乗ってしまう危険があるため、危ない人は大事をとって拘束しておく、という施設も少なくありません。
また、拘束を解くと、経管チューブや点滴を引き抜く、自分の顔などをかきむしるといった自傷行為も防ぎにくくなります。
痴呆高齢者が徘徊するのを防止するためだけに、拘束するケースは徐々に減ってきたようですが、日中過ごすホールのドアにカギをかけている、玄関を暗証番号を入力しないと開かないようにしているという施設は今も多数。身体拘束ではないけれど、やはり拘束には違いありません。
●なぜやめられない?
もしマンツーマンで世話をできるなら、問題行為を未然に防げるから、拘束は必要ないでしょう。しかし、多くの施設で耳にするのが、スタッフの数が十分でないため、じっくり関わっていられないということ。余裕がないから、目が届かないときには拘束しておく。それが恒常化してしまうケースは多いようです。
もう一つには、スタッフの意識の問題があります。立ち上がらないよう、車いすに車いすテーブルを付ける、車いすにずり落ち防止の安全帯で固定するといったことは、拘束だと考えていないスタッフもいます。
また、主任クラスなど、発言力のあるスタッフが拘束を有効だと考えている場合、反対するスタッフの意見を抑えこんでしまうこともあります。そして次第に、拘束が当然になってしまう。こういったケースで、拘束を有効とするスタッフの決まり文句は「転んでケガをしたら、ご家族にどう説明するのか」。これを言われたら、たしかに反論はしにくいものです。施設全体として、事故の可能性についての家族の理解を促す努力も必要でしょう。
実際には、転倒事故が起こったとしても、身体拘束をしていなかったことだけを理由として、法的責任を問われることはありません。むしろ、身体拘束以外の事故発生防止をしていたかどうかが問題になるということを、知っておいた方がいいでしょう。
※次のページでは、身体拘束ゼロ施設の例を紹介します。