【フローリスト】小山 潤子さんお花のネットショップ「「amica online flower shop」(アミカ)を運営。大阪・三宮(神戸市内)・芦屋でお花のスクール主宰。ウエディングの会場装花や、ブーケの制作も手がけている。(写真:河野あさひさん)
話 題 度  ★★★☆☆
難 易 度  ★★★☆☆
かかる費用 ★★★★★

いつもキレイなお花に囲まれて、ブーケやアレンジメントを作るフローリスト。女性が憧れ、人気のある仕事のひとつでもあります。今回は、色々な働くスタイルを経験し、「フローリスト」として活躍の場を拡げていらっしゃる小山潤子さんにお話を伺いました。小山さんがこれまで歩んでこられた道のりを「前編」に、フローリストの仕事について「後編」としてお届けいたします。

それでも「辞めよう」とは思いませんでした ~これまでの道のり その1~

はじめてお花について教えてくれたのは、草月流師範理事をしていた祖母でした。「水仙の葉は、こうやって指でしごくと表情が変わるでしょう?」など、普段はどちらかというと気難しい祖母でしたが、お花のことはとても穏やかに話してくれました。学校卒業後、一度はお花とは関係のない仕事に就きましたが、フローリストへの道は、意外なところからスタートすることになりました。2月の私の誕生日に友人がプレゼントしてくれたフレンチスタイルの花束が、とても美しく、お花の組み方も、色あわせも、ラッピングも、なにもかもが、私の知っている「お花」とは違ったのです。「こんな花束を作りたい」はじめて、そう思った瞬間でした。その直後、結婚する妹のために、当時は素人ながらブーケを作ってプレゼント。「誰かのためにブーケを作るやりがい」を感じました。結局、友人がくれた花束に魅せられて、その花束を作ったお花屋さんで、アルバイトとして働き始めました。

アルバイトをはじめた当初は、オアシスの扱いも知らず、全く知識がない状態。そこから、「一緒に働くフローリストたちの手元を見て学び、失敗をすればそこから学ぶ」の繰り返しでした。当時勤めていたお花屋さんは、ウエディング会場と提携をし、その会場の装花を一手に引き受けていました。装花を4階・5階のウエディング会場まで運ぶ際は、エレベーターを使用できなかったため、重い装花を抱え、何度も階段の上り下りの繰り返し。ウエディングのない平日はその準備と大量の仕入れ、毎日数回のレッスンの準備や活けこみなどに追われ、はじめの1年間は、体力的につらかったです。1年後、そのお花屋さんが、あるウエディングドレスショップと契約をして、ブーケの制作を引き受けることになり、手先が器用な私がそのブーケの担当になりました。ブーケをつくるようになってはじめて、しんどいだけではなく、喜びも感じることができるようになりました。そのお店に勤めていた4年の間、疲れからか、月に1度は扁桃腺がはれて高熱を出していました。ストレスからか肝臓を壊し1ヶ月間入院をしたこともありました。それでも「辞めよう」とは思いませんでしたね。
 

「まずは、やってみよう」 ~これまでの道のり その2~

お花屋さんでアルバイトとして働き始めてから4年後、そのお花屋さんの先生に「あなたは、“フローリスト 小山潤子”としてフリーでやっていきなさい」と言われました。独立をする喜びよりも、当時は不安の方が大きかったですね。一緒に仕事をしていた人たちは「絶対にやれるから大丈夫」と応援をしてくれましたので、「がんばってみよう」と気持ちを切り替え、フリーへの第一歩を踏み出しました。当時担当をしていた、ウエディングドレスショップのブーケの仕事は引き続きのご縁もあって、フリーとなってからも携わっていくことになりました。フリーになってからは、他のウエディングドレスショップへ、とびこみで営業にも行きました。必ず持ち歩いていたのは、自分の作品であるブーケの写真を撮り、ファイルにした作品集です。フローリストは、口ではなく作品で語らなければいけないと思いますから・・・。それまで営業の仕事をしたことはなかったのですが、飛び込みでいった営業先のうち1件からは、その後ずっとオーダーをいただくようになり、もう1件は、雑誌に載せるウエディングドレスのブーケを作らせてもらい、写真撮影にも立会いました。フランスのエヴィアンでのフリー初仕事でしたが、花鋏さえ持てば現地で仕入れをし、どこででも作品作り(=勝負!)が出来るのだ、と実感しました。そのとき撮影をした写真が、ヴァンサンカンへなど雑誌へ掲載されたときは、ブーケ制作者として自分の名前を入れてもらいました。今ならもっと上手に営業ができるかもしれませんが(笑)、当時は、本当に精一杯でしたね。

フリーとしての仕事も順調に滑り出したころ、ずっとブーケを作っていたウエディングドレスショップが、店舗の一角にお花屋さんをオープンすることになり「フラワースタッフとして入社をし、お店の運営(専属としてブーケの制作なども含む)をやってみませんか?」と声をかけていただきました。フリーになって1年後のことです。自分で営業し、開拓をしたお客さまの仕事も断らなければならなくなりますので迷いましたが、そのときも、「まずは、やってみよう」と思い、お引き受けすることにしました。
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