白井さんの授賞理由
<プロフィール> 白井恵美さん:65年、兵庫県生まれ。京都大学文学部卒。服飾の専門学校を中退し、自費でニューヨーク大学大学院に留学、MBAを取得。96年米国デルコンピュータに入社、00年ファーストリテイリングに入社。05年商品・マーケティング本部インナー事業部長。07年、執行役員に就任。 |
◆社内でもマイナーな女性向け部門に着目した先見性。好調な業績を牽引したリーダーシップ
◆専門学校中退、29歳の留学とキャリアチェンジを経て、執行役員にまでなったロールモデル性
白井さんは、2000年にファーストリテイリングに入社。女性用ニット、インナー事業を担当し、カシミヤセーターは初年度80万枚を、ヒートテックは2000万枚を販売するなど、開発した商品が大ヒット。まさに「ヒットメーカー」と呼ぶにふさわしい方です。授賞式には、柳井社長も出席され、檀上での挨拶では、「世界のウーマン・オブ・ザ・イヤーを取って欲しい」とおっしゃるほど、そのお仕事ぶりを大絶賛されていました。
就職難、キャリアチェンジ…決して平坦ではなかった
審査員の松永真理さんからは、「今度は、社長で受賞をしていただきたい」という声も。 |
しかし、卒業まであと半年、残すは卒業制作というところで、ファッション業界は女性が多い業界であるにもかかわらず、当時女性の経営者が圧倒的に少ないことに気付き、専門学校を辞めることを決意します。その後、英会話学校の立ち上げを手掛けたことで、自分に向いているのは、「マネジメントや起業」であると直感。29歳で貯金をはたき、自費でニューヨーク大学大学院に留学、MBAを取得します。その後は、米国デルに3年間勤務し、00年ファーストリテイリングへ転職しました。
「逃げないこと」
入社した白井さんは、経営計画を担当後、自ら商品企画を行うマーチャンダイジング部に異動します。売れる商品を育てたいとの思いから、次々に新たな素材に着目。それまで男性担当者にゆだねられていた女性用のインナーやウィメンズ商品を女性消費者の視点に立って開発するために組織の大幅な変更も行いました。ヒットを出し続けても「ラッキーだった」と言われるなど実力が認められず、悔しい思いをした時期もあったそう。しかし、「結果を出さなければ」と踏ん張った結果、03年カシミヤセーター、04年ヒートテック、08年ブラトップと次々にヒット商品を生み出すことになりました。
「頑張ればできることを、できるかもしれないことをやらないのは耐えられない」とおっしゃる白井さんは、「逃げずに努力を重ねること」により、自身でその実力を証明します。08年8月期の売上高は、前期比8.9%増の4623億円、営業利益は、同35%増の864億円と過去2番目に高い水準にまで引きあげるなど、素晴らしい活躍をされたことが今回の受賞につながっています。
参考:日経ウーマン1月号
レセプション会場でインタビューをさせていただきました。冷静沈着で控え目な方という印象の女性ですが、胸の中は、お仕事への熱い思いがたぎっています。 |