すでに決まっていたソ連の参戦

中国北東部の地図
大戦中、ここには満州国が建国され、そして末期にはソ連軍が攻撃してきた。
「米国は日本が負けると分かっているのに、ソ連に参戦してほしくない。ところがなかなか日本はしぶとい。しぶといとソ連は参戦する可能性がある。国際世論もソ連参戦を賛成しかねない。ソ連が参戦して、ドイツを(東西)ベルリンで分けたみたいになりかねない。」

「だから(米国は)日本が負けると分かっているのに、あえて原爆を広島と長崎に落とした。これなら必ず日本も降参し、ソ連の参戦を食い止めることができるという考えだったが、(長崎に原爆が投下された1945年)8月9日に、ソ連が満州その他の侵略を始めた。」
(毎日新聞)

別に難しいことではなく、歴史を少し知っている者なら誰でも知っていることですが、ソ連の対日参戦は、1945年2月のヤルタ会談ですでに米・英・ソの三国間ですでに決められていたことです。原爆が落とされる落とされないに関わらず、ソ連は日本軍に攻撃をしてきていたでしょう。また実際には原爆が投下されたのに、ソ連は満州に攻撃をしてきています。

原爆投下の最大の理由は、降伏を受け入れなかったから

「幸い8月15日で終戦となり(日本は)占領されずに済んだが、間違えば北海道まではソ連に取られてしまう。その意味で、原爆を落とされて長崎は無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったのだ、という頭の整理で今、しょうがないなと思っているところだ。」(毎日新聞)

敗戦によって日本は樺太と北方四島を含む千島列島をソ連に取られましたが、それもヤルタ会談ですでに米ソ間で密約があったからこそです。この密約とは、ソ連が対日参戦する見返りとしてこれらの島々の領土権を認めるというものでした。つまり、アメリカは北方領土を与えてまで、ソ連に対日参戦して欲しかったのです。

ここにおいて、「ソ連に参戦して欲しくない」という久間大臣の認識は根本的に間違っています。アメリカはあくまでソ連の対日参戦を望んでいて、参戦を止めるために原爆を落としたなどというのはありえません。

また北海道がソ連に取られただろうという考えも、現実的ではありません。確かに、朝鮮半島が北半分をソ連に占領され、そこから北朝鮮と韓国に分裂してしまった例もあります。もしソ連軍が満州を制圧してから、さらに日本海を越えて上陸してきたとしたら、そのまま北海道が占領された可能性も少しはあるでしょう。

しかしそれも、日本が降伏をすればよかっただけの話です。日本に無条件降伏を勧めたポツダム宣言は1945年の7月26日に発表されているので、その時点ですぐに受託していれば、原爆投下もソ連の北海道占領もありえなかったでしょう。

ところが実際には、日本はポツダム宣言を無視して戦争を続けます。そのために8月6日に広島に、9日には長崎に原爆が落とされたのです。それは全て、早く降伏しなかった日本政府の責任です。

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