エジプトの神秘 古代都市テーベと墓地遺跡

エジプトというと、砂漠の山中に隠された王の墓や、壁一面に刻まれた神々のレリーフ、不思議な立像やスフィンクスなどを想像するのではないだろうか。これらのイメージはほとんどテーベの遺跡群からきている。

今回は日本人がイメージする古代エジプトそのままの雰囲気を残す世界遺産「古代都市テーベとその墓地遺跡」を紹介する。

古代エジプトと古代都市テーベ

カルナック神殿の大列柱室。ラムセス1世、セティ1世、ラムセス2世が代々引き継いで増築を重ねた。柱、壁などあらゆる場所にヒエログリフや神々の姿が刻まれている ©牧哲雄

カルナック神殿の大列柱室。ラムセス1世、セティ1世、ラムセス2世が代々引き継いで増築を重ねた。柱、壁などあらゆる場所にヒエログリフや神々の姿が刻まれている ©牧哲雄

西岸にポツンとたたずむメムノンの巨像。もともと葬祭殿の入り口だったが、他の王の葬祭殿の石材として使われ、破壊されてしまった ©牧哲雄

西岸にたたずむメムノンの巨像。もともと葬祭殿の入り口だったが、葬祭殿は他の王の葬祭殿の石材として使われ、破壊されてしまった ©牧哲雄

ピラミッドや王家の谷で知られる古代エジプトだが、いったいどこが中心地だったのだろう? 実は「古代エジプト」といっても、紀元前3000年~紀元前後まで約3千年の歴史があり、また長さ数千kmにもなるナイル川流域が複数の国に分かれていた時代もあるので、ひと口にいえるものではなかったりする。

しかし大雑把にいえば、古代エジプトでもその初期の中心地は現在のカイロの近くのメンフィスで、古王国時代(紀元前2700~紀元前2200年前後)には首都となり、その周辺にピラミッドが盛んに造られた。

中王国時代(紀元前2000~紀元前1800年前後)や新王国時代(紀元前1600~紀元前1000年前後)の中心地はカイロから南へ約500km離れたテーベに移り、テーベは首都としてのみならず、アメン信仰の総本山・カルナック神殿を擁する宗教的中心地として機能していた。

 

柱と立像が立ち並ぶカルナック神殿のアモン大神殿 ©牧哲雄

柱と立像が立ち並ぶカルナック神殿のアモン大神殿 ©牧哲雄

このテーベ、旧石器時代から栄えていたようで、エジプトに王朝ができる以前、紀元前3000~4000年からセペトと呼ばれる都市国家のひとつとして君臨した。アメン神はこの地方の守護神だったが、紀元前2,000年、中王国第11王朝で首都になると、アメン神は太陽神ラーと一体化して最高神「アメン・ラー」としてエジプト中の信仰を勝ち取った。

テーベの最盛期は紀元前1500年前後に新王国が築かれて以来の約500年間で、紹介する遺跡の多くがこの時期に造られた。