これがいわゆる第一次焼酎ブーム。チューハイというのは、人工的に造られた果物などの味わいや甘味を足し、さらに炭酸で爽やかさをだしたカクテル風のものだから、とにかく飲みやすさと手軽さで人気爆発だった。
ベースに使う焼酎は個性や味わいなどがあまり感じられない、ピュアなアルコールに近いものの方がよかった。
香りも風味も個性的な芋焼酎や黒糖焼酎、泡盛などは受け入れられなかった。同じ乙類焼酎(本格焼酎)をつかうとしても、すっきりと軽やかな米焼酎あたりがちょうどよかった。
しかし実は米も侮れないのである。
米焼酎は寝かせれば寝かせるほどぐぐっと深みが増し、なんともいえない熟成風味をかもし出すのだ。たとえば、熊本は球磨地方産米焼酎の古酒がはなつ馥郁たる香りの素晴らしさなどがいい例。あの香りをかぐと、熟成させて一番変化が出るのが、もしかしたら米かもしれないとさえ思えてしまうほどだ。
実はこの『鬼之手』、1984年製造、つまり20年古酒の米焼酎なのだ。この深くやさしい風味はまさに米ならではの熟成感だ。20年前といえばまさにチューハイブームまっさかりの頃。もしかしたら、当時は癖のないチューハイ向けの焼酎だったかもしれないが、20年の歳月は、米焼酎の個性をみごと花開かせてくれたようだ。
北国の繊細な清酒がベースになっているのと減圧蒸留で造られているため、なめらかでやさしい熟成風味を楽しめる。これなら、白身や貝類のお刺身にもいけそうでうれしい。
ちなみに『鬼之手』という名前は、岩手県の名前の由来である鬼伝説からつけられている。その昔、この地方(現在の盛岡)には悪さをはたらく鬼がおり、住民たちの村を荒らしまわって人々は困り果てていたそうな。そんな時、三ツ石の神様に鬼退治をお祈りしたところ、鬼は境内にある三つの岩に縛り上げられて、悪さをしない証として「岩」に「手形」を押させられた。それが岩手の名前の由来になったのだとか。
ラベルには、鬼が険しく連なる岩手の山々から降りてくる雰囲気がデザインされている。
杯が進むにつれ、たびたび訪れた盛岡市から見渡せる岩手山や駒ケ岳の峰々が目に浮かんできた。