蕎麦店のそば粉が、確実に高品質化しています。なぜ
新年を迎えて早々に、昨今のそば出荷事情をお伺いしようと、大手の製粉所を訪れました。こちらは、立ち食いそば店から、手打ちの老舗にいたるまで、幅広い需要家(プロのそば店)をお相手に商売をなさっている大手製粉所のうちの一社。整然とした工場の内部では、稼働している石臼やロール製粉器で製粉された粉が、衛生的なラインにのって封入工程へと進んでいく様子を見学させてもらいました。
ところが、年初とはいえ、なんとなく寂しいのです。
工場の担当者にその事を訊ねてみると、「実はここ数年来ロール製粉の需要が大きく落ち込んできていまして、機械の稼働率が下がっているんです。ロール製粉は、立ち食いそば店や機械打ちで大量にそばを提供する気さくなそば店が使う粉。それがあまり売れなくなってきてしまっているんです。」なるほど、そうだったんですか。そういえば、東京の街なみがどんどん変わっていって、新しいビルなどが建ったりすると、確かつい先日までそこにあったはずの、出前をやっていたような機械打ちのそば屋さんは、知らないうちに姿を消していたりしますね。街を散歩していると、数分ごとに出会ったような紺色の暖簾を出した、いかにも昔ながらの蕎麦屋さんという佇まいの店は、ここ数年でとんと見かけなくなってしまいました。
工場の人は、こう続けます。「基本的には、慢性的な後継者不足ですね。再開発などで何かキッカケがあると、リニューアルではなくていきなり廃業という選択枝を選んでしまうケースが多いみたいなんです。」
どんなそば粉も、出荷が激減しているのでしょうか?
「いえ、手打ちそば専用の石臼碾きは、毎年毎年出荷をのばしています。うちの工場でも、休眠しているロール製粉のラインを尻目に石臼のラインはほぼフル稼働しておりまして、ラインは年々増強し続けているといった状態です。」どうして、そういう状況になっているのですか?
「先に申し上げた、いわゆる街のお蕎麦屋さんがご廃業なさっているのと、実は立ち食い蕎麦も少し元気がないんです。でも、そんな中で、手打ちそば店だけは軒数が伸びているようで、新店がどんどん開店するから手打ち専用の石臼碾きの粉は出荷が大幅に伸び続けているんです。」
それは、結構なことではないですか。
「もちろん、どんな商品でも出荷が伸びるということはありがたいことです。しかし、手打ちそば専用の石臼碾きはとても手間がかかるんですよ。製粉の能率でいえば、ロール挽きと石臼碾きでは100対1ほどの能力差がありますから、日産できる製粉の総量は天地ほどの差があるのです。もちろん、石臼碾きがロール碾きの粉の100倍の価格で販売できれば、全く問題ないのですが(苦笑)。」なるほど、そば粉の需要は縮小しながら高品質化をめざしているわけなのですね。
「はい、全くその通りです。手打ちそばのブームが長く続いておりますので、アマチュアもプロも、いわゆる舌の肥えたお客様が増えて、中途半端な品質ではご満足いただけなくなってきています。例の中国からの食品にまつわる一連の騒ぎも、大衆的なそば粉の人気低下に拍車をかけたようです。」いろいろとお教えくださってありがとうございます。
というわけで、複雑な思いを抱きながら製粉所をあとにしました。
最近、手打ちそば店の味が、以前にもましてよくなってきたような気がするのは、ご店主のそば打ちの腕前が上がっただけではなくて、供給されるそば粉の品質が高まってきているせいも大きいのかなと、想像した。