人形町 Puppet town。なんというキュートな響き。
しかし、東京に慣れないドライバーにとって、この街は鬼門であるはずだ。
築地から新大橋通を北上すると、蛎殻町で道はカクンと45度右に傾く。北は秋葉原から小伝馬町を経由してまっつぐに降りてきた道と交わるところが、水天宮さんだ。
クルマで走るとき、この街の北も南も、とてもきれいな条里システムが整っているのに、水天宮を中心にだまし絵のような地理が差し込まれ、あたりを行き交う無意味な一方通行とあいまって、よほどここに精通していないと、思わぬところにワープしてしまうこと必定だ。カーナビに頬ずりしたくなる街、かな。
ま、たとえ迷ってしまってもいいじゃないか。人生、そんなに急ぐこともあるまい。人形町で迷い子になったら、ラッキーかもしれない。パーキングメーターにクルマを停めて、気分転換に散歩でもして、うまいそばでも手繰ろうじゃないか。
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人形町は、胎内の記憶と通底する街。町中が、安産の祈念に包まれている。その水天宮さんには、妊婦さんを守るバリアフリーなエレベータが設置されている。生まれ年を撫でると安産になるという犬の像や、その名も「マタニティ」というベタな名前のブティックの店頭に置かれた1分間20円の電動木馬。
迷ったついでに、昔のことをちょっと思い出しながら、ひとときホッとした気持ちになってみる。もしかしたら、忙しい現代人にそうさせるために、わざと迷わせるような紛らわしい道を
こしらえた、そんなことかもしれないなぁと、勘ぐってみたくもなる。
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さて、そばでも手繰ろう。人形町交差点から秋葉原方面へ30秒。ニューヨークにあっても不思議でないモダーンなビルディングと、明治時代を冷凍保存しているような歴史ある刃物やさん、そしてわれらが「そばよし」が仲良く並んでいる。化学調味料を一切使用しない、と大書。これは期待できそうだ。