スクリーンからボールが飛び出る!?

「河村さんはいままで両目で見ても片方の目(右目)で見ても、同じようにしか見えなくなっていたと思う。映画のスクリーンを見ながら卓球をしているような感じ。突然スクリーンを突き破ってボールが飛んでくるような、そんな感じでやってるような気がするけどね」

野澤さんの指摘に、河村選手はこう答える。

「フォアはいいんですけど、バックはボーンってこられて、うわっていうような。だからいつもおかしいな、おかしいなと思って」

「そう思うということは、まだ伸びしろがあるんですよ。いままでできなかったことが改善されていく可能性がある」

竹内さん「どこの筋力が弱いとかは数字を見ればわかるけど、ほんとに卓球で大事なのはこういうところなの。今回初めて気づけて、これから改善できる要素も見つかったし、夢も追いかけられそうだし。これに気づいていないと、身体を鍛える方向に走ったりさ」

野澤さん「もっと筋肉をつければ追いつくようになるとか。だけど感覚を鍛えないと絶対に行きづまりますね」

目標は実体と感覚の一致

野澤さんの目標は、実はビジョン・トレーニングにあるのではなく、「実体と感覚の一致」にあるのだという。
たとえば、狙ったところにボールを投げる場合、自分の感覚的に「こうだろう」と思って投げてみるが、身体はそれに適した動きかたになっていない、というようなケースはよくある。
これが野澤さんのいう「実体と感覚が一致していない状態」ということになる。
一般に「運動神経の善し悪し」として扱われている事象なのだろうが、ビジョン・トレーニングの研究をつづけているうちに、野澤さんは「目のトレーニングが目標になってはいけない」と思ったという。

「感覚っていうのは、ひとつひとつを切り離して鍛えても、あまり役に立たないって思うんです。実体と感覚を一致させるという目標のために、目のトレーニングをしたり、いろんな感覚のトレーニングをしたりする。いろんな感覚を統合して鍛えて、意識しなくても一致できるようにすることが目標なんです。なかなか難しいんですが」

なかば冗談だろうが、「実体感覚研究所に変えようかと思っているんですよ(笑)」というほど、現在、野澤さんのビジョン・トレーニング研究は過渡期にあるという。

数値化できない感覚

感覚に関していえば、スポーツ指導者から「こういう目のトレーニングをすると、どういう結果につながるのか」とよく聞かれるという。
「本人しかわかりません」が野澤さんの答えだ。

「だって感覚は見えないですから。視覚は感覚のなかのひとつでしょ。ほかにもバランス感覚とか方向感覚とかリズム感なんかもありますし。だから目を鍛えたら河村さんがすぐにバックが上達するかとか、そういうものじゃないですね。あくまでも技術や体力、ほかの感覚をともなってできるようになるわけで。目のとらえかたが正確になったお陰でこういうことができたというのは、本人の感覚ではわかるけど、(他人が見てもわかる)数値化はできないですね」

指導者の理解が不可欠

一方、動体視力は数値化できる。
1秒間でどれだけ読み取れるかというようなデータが、まるで「血圧」を測るようにきっちり出る。
指導者たちにとって極めてわかりやすく便利な道具であり、それゆえ「人を観る」のではなく、ついつい「数値を見る」ほうに走ってしまうのかもしれない。

「だから、選手と私のあいだに、竹内先生みたいな理解ある存在がいないとうまくいかないですね。ときどき、こっちに丸投げする監督さんがいるんです。『目のことは野澤さんに任せたよ』って。これはうまくいきません。私はそのスポーツの専門家じゃないから。選手と私と現場の指導者がトライアングルにならいと、結局、目のトレーニングだけで終わっちゃうんです」