文章 : 吉原浩通(All About「テニス」旧ガイド)

オリンピックイヤーの2004年、大会まで約3ケ月。マラソン、野球、サッカー、柔道・・・・そして今、バレーボールのオリンピック予選が行われており、今、まさに世の中、オリンピック一色です。
テレビや新聞、街の人たちも皆、『予選会で2位に入れば』とか『韓国に勝てば決定』とかの予選通過の条件の話題で盛り上がり、日本代表のオリンピック予選の勝敗の行方に一喜一憂しています

オリンピック予選がテレビ放映される種目に関しては皆さん、良くご存知ですが、テニスのように予選がない種目などは出場資格以前にその種目が実施されるかどうかも知らない方が多くいます。

第1回大会のアテネオリンピックから正式種目となっており、また、日本のオリンピック参加史上初のメダル獲得がされたのも実はテニスでした。また、オリンピック初のプロ選手のメダル獲得もテニス(シュティフィー・グラフ)でした。
古い歴史を持ちながら、しかし、あまり知られていないオリンピックにおけるテニス、今回はオリンピックとテニスの歴史や過去のメダリスト、テニスのオリンピック出場資格などオリンピックとテニスについてお伝え致します。


 

■オリンピックとテニスの歴史

オリンピック開催以前からウィンブルドンや全米、全仏が行われていたテニスは、第1回大会のアテネオリンピックの時にはすでに水泳・体操・陸上・レスリング・フェンシング・射撃・自転車とともに正式種目に入っていました。

当時のオリンピックは、出場国数、競技数、規模など今のオリンピックとは比べ物にならないくらいに小さいもので、また、現在のような複数の競技を同時に行うだけのノウハウや資金力もありませんでした。
しかし、規模の拡大に従い、国際オリンピック委員会は各競技連盟に多くの要望を出すようになってきました。

開催地
競技数
国数
1
1896 アテネ(ギリシャ)
8
13
2
1900 パリ(フランス)
16
19
3
1904 セントルイス(アメリカ)
18
12
4
1908 ロンドン(イギリス)
22
22
5
1912 ストックホルム(スウェーデン)
15
28
6
1916 ベルリン(ドイツ)
7
1920 アントワープ(ベルギー)
23
29
8
1924 パリ(フランス)
19
44
27 2000 シドニー(オーストラリア)
28
200

一方、1900年にはデ杯(国別対抗戦)、1905年(第3回オリンピックの翌年)には全豪が加わり、4大大会と国別対抗戦を毎年行うようになってきた国際テニス連盟は4大大会とデ杯を中心とするトーナメントシステムを定着させ、スポーツビジネスとしてのテニスの確立を目指していました。

4大大会を頂点とし、オリンピックを5番目の大会と位置付け、オリンピックの運営を見下していた国際テニス連盟とオリンピックを頂点としたい国際オリンピック委員会とがうまくいくはずもありません。

1928年(第28回アムステルダムオリンピック)から国際テニス連盟は出場をアマチュアに制限し、五輪イヤーにはウインブルドンを行わないよう要望してくる国際オリンピック委員会と決別し、オリンピックの舞台から姿を消してしまいました。

オリンピックの回数と開催地
オリンピックにおけるテニスの歴史
1877
    第1回ウィンブルドン開催
1881
    第1回全米開催
1891
    第1回全仏開催
1896
1
アテネ(ギリシャ) テニスを含む8種目で競技
第20回ウィンブルドン
1900
2
パリ(フランス) 第1回デ杯(国別対抗戦)開催
1904
3
セントルイス(アメリカ)  
1905
  第1回全豪開催
1908
4
ロンドン(イギリス)
1912
5
ストックホルム(スウェーデン)
※日本オリンピック初出場(陸上)
1916
6
ベルリン(ドイツ)
※第一次世界大戦のため中止
1920
7
アントワープ(ベルギー) 日本初メダル 熊谷一弥(シングルス銀メダル
熊谷一弥・柏尾誠一郎組(ダブルス銀メダル)
1924
8
パリ(フランス)
1928
9
アムステルダム(オランダ) オリンピックの種目からテニスが外れる
9回大会~22回大会までテニスはオリピックの舞台から姿を消す
1980
1984
23
ロサンゼルス(アメリカ) エキシビション競技としてテニス復帰
1988
24
ソウル(韓国) 正式種目としてテニス復帰
プロ選手解禁後、初のプロ選手のメダル獲得(シュティフィー・グラフ)
1992
25
バルセロナ(スペイン)  
1996
26
アトランタ (アメリカ) 伊達公子ベスト8、杉山愛ベスト16
2000
27
シドニー(オーストラリア)
2004
28
アテネ(ギリシャ)

テニスがオリンピックと決別し半世紀近く経った頃、アマチュアイズムを堅守してきたオリンピックも、規模が拡大するに従い商業化の必要性に迫られることとなりました。
1974年、五輪憲章が見直され、アマチュアという言葉が憲章から外され、プロ選手の出場が可能になったことをうけ、
1984年のロサンゼルスオリンピックでエキシビション競技としてシングルスの試合が実施され、1988年ソウル大会から正式種目として、テニスがオリンピックに復帰したのです。