エンターテインメント団体DDTを牽引する奇才・高木三四郎に迫る

高木親子
選手、プロデューサー経営者のみならず、父親としての顔もみせてくれた高木
1997年3月、日本に初めて誕生した本格的なエンターテインメントプロレス団体DDT(Dramatic Dream Team)。今となっては、ハッスルから新日本プロレスまでもがこぞって追随する、エンターテインメント路線の礎はこの団体が築いた。

世界最大のプロレス団体・WWEに刺激を受け、エンターテインメントを日本流にローカライズ。試行錯誤を続けながらも、バックステージでのやり取りを絡め、レスラーがラダー(脚立)やニホンザルと闘う奇抜で柔軟な発想、時としてリング上が選手の控え室にもなるという予測不能な展開は、ファンを魅了して止まない。

DDTを年商1億円の企業へと育てあげ、今も尚ファンの顧客満足度を第一に同団体を牽引する高木三四郎は旗揚げから活動に参加し、2006年の1月には正式に社長就任。現在は、選手として社長としてプロデューサーとして、更には可愛い愛娘のお父さんとして忙しい日々を送る。

そんな奇才・高木三四郎に話を聞いてみた。その内容は、子育てに始まり、団体経営から選手としての本音まで多岐に渡った。

インタビュー前編では、敏腕プロデューサー高木流子育てについて。しかし、DDTのリング上とは裏腹に、穏やかに簡素に伸び伸びと子供の成長を見守る父親・高木三四郎。そこに共通するアイデンティティーとは一体何か?
※インタビュー後編:『高木三四郎に聞いた“DDTの過去現在未来”』へ

団体成功のヒントはいろんなところに落ちている

ガイド:DDTは年商1億円にまで成長しているそうですね?

高木三四郎(以下、高木):あくまで年商ですからね。プロレス界では頭一つ抜けているのかもしれませんが、1億といってもそこらの中小企業と変わらないですよ。

ガイド:プロレス人気の低迷などといわれていますが、DDTは独自の道を歩んでいます。実際にご自身の団体の盛り上がりを肌で感じる部分は?

高木:そうですね。プロレスがダメだダメだといわれている割には上手くいってる。ヒントは色んなところに落ちてると思うんですよ。プロレス界隈だったり、バラエティ、映画、小説、漫画。あっちこっちにね。自分なりに多岐に渡って広く浅く見渡して。

ガイド:面白いアイデアがどんどん出てきますよね。斬新というか、奇抜というか、よくもまあプロレスに結び付けているなと。

高木:そうですね。強引ですよね(笑)

ガイド:経営者だったり、プロデューサーだったり、選手だったり、お父さんだったりと本当にお忙しそうです。子育ての方でも、その辣腕を振るっているのですか?

高木:(溜息まじりに)大変ですねぇ~。でも子育ては、99%嫁に任せっきりですね。100%といってもいいかもしれません(笑)

ガイド:そうでしたか(苦笑)ちなみに今何ヶ月でしょうか?

高木:今、11ヶ月です。まだハイハイですね。(暗い声で)立つことは立ちますが・・・。

ガイド:心なしか急にトーンが落ちてきましたね?

高木:まあ、でも、このインタビューにもそぐわないというか、気まずいことに子育ては嫁に完全に任せてしまってますから(苦笑)。嫁は、口ではブツブツいってるんですけど、心では理解してくれているんだな・・・と思うしかないですね。そこに懸けてます。

ガイド:なるほど。男の子と女の子、どちらが欲しかったのですか?

高木:僕は女の子でしたね。

ガイド:可愛いお嬢さんですよね。ちなみに、お名前とお名前の由来は?

高木:なんとなくイメージとして、日本でも海外でも呼び易いように“玲(レイ)”って付けたんです。やっぱり、これからは世界を見据えてやっていかないといけませんから。そういう意味では名前って大事だな、と。

ガイド:三四郎さんのガンダム好きも影響していると伺っていますが?

高木:もちろん、ガンダムもあるんですけどね(笑)