格闘技史上最もあり得ない“復縁”の背景
したがって、前田の復活をK-1が支援するという構図の成立に、僕は正直度肝を抜かれた。これだけ乱世的な構図となってきた格闘技業界の事、多少の確執があっても呉越同舟のビジネスが成立する事は少なくない。上井氏の独立を聞いて、最初にそのパートナーとして浮上するのは間違えなくK-1だろうなとも思っていた。だがそれはプロレスイベントに限った、上井氏止まりの関係だろうという考えであった。
前田日明という人の一途な性格から考えて、いくら谷川氏が和解を申し入れても、安易な妥協案では乗って来ないだろうという読みもあり「谷川-上井-前田」ラインの成立はまずないと踏んでいたのである。ましてRINGS時代の提携関係が180度逆転するような関係である。頑固な前田が、そんな屈辱的な立場に立つはずが無いと思い込んでいたのである。
1月25日掲載の本誌でも「前田日明再浮上の背景」の中で
「もし上井氏がこのプロレスイベント運営を軌道に乗せた場合、逆に前田の「リングス再興」の夢に手を貸す事は、考えられないわけではない。」 とは指摘したものの
「かつて袂を分かったK-1はもちろん、「引き抜き被害」を言い続けて最後まで敵視しつづけてきたPRIDEにも、当然前田の居場所は無い。(中略)時代をリードして来た矜持に賭けて、ライバルの軍門に下るということは出来ないにちがいないからだ。」
と、K-1とのコラボの可能性は否定してしまっている。
上井/久保のダブル緩衝帯を挟んで
だが、その予測は、ご存知の通り、たった一ヶ月で覆された。K-1が3月に総合系の大会を準備中であり、その目玉として「秋山VSカリーム・イブラヒム」を予定しているといった周辺情報はぽつぽつと聞こえてきた。それに関しては1/31掲載の「K-1vsPRIDE」2005年の行方などで記事にしておいたのだが、まさかその構想がそのまま前田日明とのジョイントへ発展して行こうとは思わなかった。
しかし、起こる訳のないことが、実際には起きている。
今回の「HERO'S」成立に和術慧舟会が果たした役割は既に書いた通りだが、実は前田と慧舟会代表・久保氏の関係も非常に深いものがある。
RINGSの終焉期にあたる2000年前後から、久保氏率いる和術慧舟会東京本部は、選手派遣を中心に積極的にRINGSとの交流を深めている。トップである前田と久保氏の間には、単にプロモーターと選手派遣先という以上の友好関係があったことはよく知られている。
久保氏は元々拓殖大学柔道部出身のアスリートで、前田と通底する“毅然とした男としての生き方”---今の時代にあってはオールドファッションに映る美学を持つ人物。柔道家としての豊かなスポーツ経験を持ち、組織の長として、そして男として似通った思想を持つ両者のこと、強い友情で結ばれるのは当然の事と言ってもいいかもしれない。
格闘技経験のないマスコミ関係者や、ビジネス本意のイベント関係者には「半可通がいっぱしの口をきくな」というのが前田の基本姿勢。だが、同じアスリートとして経験豊富な久保氏の言葉には、前田もきちんと耳を傾ける。二人の太い人間的交流があったからこそ、今回の前田の「HERO'S」参画という大アクロバットは成立したのではないだろうか。
また逆にK-1側からすれば、単独では野心旺盛すぎる前田のお目付役に、この二人がついたことで、安心して自軍に迎え入れる決断ができた、とも言えるだろう。
冒頭に挙げた前田の“一夜城”発言に倣って言うなら、「HERO'S」という一夜城の主は木下藤吉郎=前田日明だったかもしれないが、その影にはその藤吉郎を影から支える蜂須賀小六=上井氏、久保氏の存在があったわけだ。
キーマン久保氏の言葉に秘められた謎
1月早々、冒頭に紹介した“幻の第0回大会”の記事に関して、僕は久保氏に謝罪の場を作ってもらった。幸いこちらに慧舟会を貶める意図が無かったことは理解してもらえたのだが、その去り際に、ふと久保氏が口にした言葉があった。「前田はな一人で何でもやって行く男だ。だからこの業界に誰も仲間が居ない。だから俺は前田の味方になるんだ」
なぜ今この人は前田日明のことを口にしたのだろう?
そのとき迂闊にも僕は、久保氏のその言葉を完全にスルーしてしまっていた。だが、今考えると、久保氏が“これから起こる事”について、うっかり“パンドラの箱”を開きかけた不注意なジャーナリストに、こっそり示唆していたとは考えられないだろうか?
僕にはそう思えてならない。
【特集:HERO'S徹底分析】
(1)過去編前田&K-1合従連衡の背景
(2)現在(大会総括論)編英雄は一夜にしてならず
(3)未来(選手発掘)編新RINGSネットワーク復興を占う