魔裟斗“英雄視”体質の危険
更に言うなら、今回の負けは明らかに性質が違う。ダークホース的存在だったプアーカオ・ポー・プラムックと決勝で対戦。前蹴りと膝というムエタイの基幹技術に、魔娑斗は翻弄され、そして敗れた。TV解説に付いた谷川プロデューサーが「そこまでの二つの試合で魔娑斗の肉体がぼろぼろになっていたと」必死に言い立ててはいたことは、みなさん御記憶だろう。本来大会主催者がそこまで一選手に入れこんだ発言をくり返すことが妥当だとは思えないが、それ自体は根拠のない話ではなかった。(現にこうした主催者側の片寄った情熱が、試合の結果を左右する判定にまで影響を及ぼした事を考えると、さらに一考を迫りたい事態なのだが、それは後に問題となった審判団の誤審問題と合わせて後述したい。)
実はこの大会に向けた調整中、魔裟斗は腰を痛めていたのである。腰自体は大会直前までに完治したというが、その影響は彼の技術に確実に見えない傷跡を残していた。今大会の魔裟斗の試合を見て行くとわかるように、彼本来のパンチ主体の組み立てが崩れ、蹴り偏重に陥っていたのはそのせいである。ただでさえむき出しの臑を使った蹴りは、怪我の危険が高いリスキーなものなのである。ましてキックのワンナイトトーナメントでは、特にそのリスクマネージメントが勝敗を決する事が多い。昨年の魔裟斗のGP優勝は、パンチ主体の本来の彼のファイトスタイルが功を奏したものでもある。それを承知していながら、蹴りに頼らざるを得なかったツケが、今回魔裟斗の臑を限界に追い込んでいたのだ。(谷川氏はさらに二回戦のクラウス戦でのバッティングによる視野の狭まりにも盛んに言及してはいたが、そんなマイナス条件を羅列することで、魔裟斗の名誉を守れると思ったのだろうか?)
ムエタイの奥深さに魔裟斗は翻弄された |
今回の魔裟斗の敗因は、遠い間合いでのローで相手を切り崩し、出入りの激しいボクシングで勝負するスタイルを、プアカーオに研究されつくしていたことがすべてだったと思う。魔娑斗が今回勝負所にしていたロー主体の中間距離を、プアカーオはそこまで温存して来た前蹴りという対魔裟斗用のスペシャルウェポンで潰してしまった。もし魔裟斗の臑が普通の状態であっても、あの前蹴りを多用されていれば、結果は大きく変わらなかったのではないかと思う。さればとパンチの距離の接近戦に飛び込もうとすると、すかさずホールディングされて強烈な膝をボディにぶち込まれていたわけで、決して魔裟斗のバッドコンディションだけが敗因ではない。
事実、試合は面白いようにプアーカオのリズムに支配された。
元々魔娑斗と言う選手は積極的な攻撃で相手の攻め手をつぶして行き、試合を支配する事に長けた選手。それをそのままプアカーオに再現されてしまったのだから、完敗としか言いようが無い。
前述した通り、魔娑斗という選手はビッグマウスの天才型のひらめきタイプに思われがちだが、実際の試合を見ると非常に相手の特性を緻密に考え抜いて、失敗の可能性を潰してからリングにあがっている事が伺える。傲岸不遜な発言すら、逆に相手を「呑んで」かかるための武器であり、事前の研究努力を覆い隠すベールでもあると考えていい。
逆にいえば「予習」してこなかった問題に対する対応力は、決して高くない部分がある。かつてクラウスに完敗した2002年の敗因を徹底的に学習し直して、より高いレベルでのボクシングテクニック習得へ向かったその姿勢を見ればわかるとおり。魔裟斗は、本来「秀才」タイプの努力家なのである。
今回、キックを軸にしたスタイルを選択した背景には、二回戦のクラウス戦、決勝はジョン・ウェインというシミュレーションで、いざパンチ勝負になった時にも競り勝てると「ヤマを張った」気配を感じる。ヨーロッパタイプのクラウスにはすでに立証済みだが、ハードパンチャーのジョン・ウェイン相手でも、スピードを生かした魔娑斗のボクシングテクニックならば十分上回ることが可能だ。魔娑斗の雄弁な「絶好調」宣言の裏には、そうした優勝までのシナリオがあったと僕は見ている。
実際、一回戦ニ回戦と、魔娑斗は自らの本領を発揮した名勝負を繰り広げた。特にニ回戦のクラウスとの撃ち合いを制した後、彼に勝てる相手が居ようとは誰も思わなかったにちがいない。