■どん底格闘人生の果てに

しかし、マイナーの神様は、どうあってもこの男を手放そうとはしないらしい。後楽園ホールという、なんとか一般の目に触れる水面へと浮上したのもつかの間、またも絵に書いたような不運の波が彼を襲う。

この大会でバレット吉田と互角に渡り合って話題となった、門下生一番手の“足関十段”今成正和が、この大会直後、数人の門下生と共にキングダムを離脱。自分たちだけで、TEAM-ROKENを結成してしまったのだ。かくて着々と彼らがインディ格闘技シーンの一角を担う活躍を繰り広げるのを尻目に、入江は再び多摩の闇で一年間の沈黙に突入してしまったのであった。

その後、入江が中央再浮上を果たしたのは、1月のPANCRASE後楽園大会での事だった。なんとセミ前の第六試合に起用された入江は“PANCRASEの門番”と称される渡辺のパンチを浴びて、KO負けを喫してしまう。いかにカルトヒーロであろうとも、一年余りろくに試合をしていない選手があっさり勝てるほど、現在の格闘技シーンは甘くない。

浮上、沈潜、また浮上、そして沈没。
まるでクジラの泳ぎのように、おちつきのない浮き沈みが続く。

しかし捨てる神があれば拾う神もある。
なんと、今度はDEEPが後楽園初進出となる3月9日大会で、入江にオファーを掛けたのである。

このとき、入江に提示されたのは、フューチャーキングトーナメント優勝者である荒武者総合格闘術所属の藤沼弘秀との対戦カードであった。一言で言えば団体期待の若手のプロデビュー戦に対する噛ませイヌである。ここで星を失えば、もう二度と入江に浮上の目はないというカードだ。

しかも、大会直前に藤沼が練習中の怪我で靭帯を損傷するというトラブルが勃発、なんと友人であるMAX宮沢が対戦相手に変わってしまったのである。ツいてない男には、どこまでもトラブルがつきまとう。

第1ラウンドこそ噂のグラウンドムーブが冴え、パスガード~マウントと続く流麗な展開で客席を唸らせたが、ここで入江はまたもや格闘家らしからぬ“だめんず”ぶりを発揮してしまう。なんと友人であるMAXに対して肝心の顔面打撃が撃てなかったのである。内心の葛藤でもたもたしている間に、レフェリーはブレイクでスタンドへ戻してしまう。

またスタンドの打撃戦でも、本気では撃ちあえない精神的な弱さが顔を出し、序盤のグラウンドテクニックに唸った観客たちは、ため息を飲み込まされるはめになる。そして、がっくりの駄目押しがやって来る。入江が目に相手の指が入ったと訴えて、試合続行を放棄。試合は2Rで判定ドローと成ってしまったのである。

目のアクシデントは事実だったが、極端に痛がったりしない入江の態度に“目を理由に逃げただけじゃないのか?という意見があちこちから吹き上がってくるおまけまでついた。「おじけづいて逃げた」などという烙印を押されたら、格闘家はプロとしての看板をあげ続けることが出来なくなる。そんな汚名を被ったとなれば、格闘家生命的にも絶対絶命のピンチである。

だが、入江という男はこの逆境から、飛んでもない発想を導きだしてしまったのである。


■金的でも生拳でもやってやる!

試合後一週間が経過して、目の傷もようやく快方に向かってきた所で、入江はマネージャーから極めてショックな知らせを受け取ることになる。大会関係者から「目の怪我は実際本当に試合をできないほどの重症だったのか?」と聞かれたというのである。

単に「怪我は大丈夫か?」というニュアンスの問い掛けだったのかもしれない質問ではあるが、複数の人間の耳を経ての話であり、裏道人生を歩んでばかりの入江にとっては、素直に受け取ることのできない話になってしまったのだろう。

激高した入江はマネージャーに向かって「そんなにオレに勇気が無いとか言うなら、いいっすよ。金的ありの生拳で、誰でもイイからそっちの選んだ選手を連れてこいって。死ぬまで勝負してやるって、佐伯さんに言ってください!」と。

実際、その質問を発したのは、大会主催者の佐伯オーナーではなかったと言うが、もう頭に血が上った入江に、そんなことは関係ない。さすがにマネージャーもこの奇妙な行き違いに気が付いて、そのままをDEEP主催者には伝えなかったというが、沸点に達した入江の怒りはもう止まらない。普段は腰の低い苦労人の男だが、元は九州男児で血も熱い。勘違いも含めて血がたぎってしまうと、怒りの感情で一直線に突っ走ってしまうらしい。大相撲時代には、負けて暴言を吐いた対戦相手に、土俵上からドロップキックを放ったという逸話さえ持つぐらいで、痩せても枯れてもやはり格闘家は格闘家なのであろう。

結局、そのルールをその晩のうちにまとめ上げてしまい、DEEPにこれで試合をやらせて欲しいと伝えたのは、その翌日だったという。