長編ミステリーの始祖
エミール・ガボリオ

世界初のミステリー小説は何か――この疑問には無数の解答が考えられるが、一般的にはエドガー・アラン・ポーが1841年に発表した「モルグ街の殺人」とされることが多い。密室で発見された惨殺死体、食い違う証言、天才的な名探偵、意外な犯人像などを兼ね備えた本作は、確かに"ミステリーの元祖"と呼ぶに相応しい名作と言えるだろう。ポーは他にも「マリー・ロジェの謎」「盗まれた手紙」などのミステリーを著しているが、これらはいずれも短編だった。それでは世界初の長編ミステリー小説は何か――その答として最もよく挙げられるのが、エミール・ガボリオが1866年に上梓した『ルルージュ事件』である。

1832年にフランス南西部の町ソージョンで生まれたガボリオは、公立中等学校を卒業すると――両親の希望した登記所の公証人ではなく――軍隊の猟騎兵となった。退役後にはパリで法律や医学を学び、様々な職業を転々としつつ、1866年に新聞連載小説『ルルージュ事件』を発表。同作が人気を博したことを受け、精力的に『オルシヴァルの犯罪』『書類百十三号』『パリの奴隷たち』『ルコック氏』などの長編を上梓するものの、1873年に41歳の若さで急逝した。世界初の長編ミステリー作家として、その作品群はコナン・ドイルなどの作家たちにも多大な影響を与えている。

1888年に『書類百十三号』と『ルルージュ事件』が黒岩涙香によって翻案・紹介されたのをはじめとして、ガボリオの作品は古くから日本に伝わっており、とりわけ『ルコック氏』は何度も刊行されている――が、近年はいずれも入手困難になっていた。明治期から知られていた作家にも関わらず、その著作を読めない状態が続いていたのである。

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