岡嶋二人から井上夢人へ
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乱歩賞作家・岡嶋二人の結成から解散までを綴った自伝的エッセイ。ミステリーの創作講座としても有益な1冊だ。 |
エラリイ・クイーンやロジャー・スカーレットのように、2人でミステリーを合作する人気ユニットは日本にもあった。井上泉と徳山諄一のコンビ"岡嶋二人"は、1982年に
『焦茶色のパステル』で第28回江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。1985年に
『チョコレートゲーム』で第39回日本推理作家協会賞(長編賞)、1989年に
『99%の誘拐』で第10回吉川英治文学新人賞を獲得し、同年の
『クラインの壺』刊行と同時に解散した――という伝説的な存在である。
そして1992年――井上泉は
『ダレカガナカニイル…』で"井上夢人"としてのソロデビューを果たし、翌年にはホラー短編集
『あくむ』と自伝的エッセイ
『おかしな二人』を上梓した。続いて多重人格を扱った
『プラスティック』、人工知能の進化を描く
『パワー・オフ』などのユニークな作品を生み出すことで、井上は当代屈指の"個性派作家"の地位を確立したのである。
ウィットに富んだ短編の名手
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会話だけで構成された6編を収めた短編集。技巧的な"語り"を不自然に感じさせない、実力派ならではのテクニカルな佳品揃いである。 |
岡嶋二人が8年間に28冊を刊行したのに対し、井上の著作は17年間に13冊(2002年以降には2冊)しかなく、短編集がその半数近い5冊を占めている。
『あくむ』は妄想をモチーフにした恐怖小説集だが、
『もつれっぱなし』の収録作は"会話だけで話が進行する"という形式で統一されている。
『風が吹いたら桶屋がもうかる』は超能力者とミステリーマニアが真相探しの競争をする連作で、
『the TEAM』はインチキ霊能者による人助けの物語。これらの設定からも解るように、井上は狭義のミステリーに固執する書き手ではない。ホラーやSFの要素を取り込みつつ、洒脱なプロットを構築することに長けた柔軟な作家なのである。
次のページでは
『あわせ鏡に飛び込んで』を御紹介します。