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英国ミステリーの名匠マイケル・イネス(2ページ目)

ウィットに富んだ作風で知られる英国ミステリー界の大御所――マイケル・イネスの作品世界を御紹介します。

執筆者:福井 健太

奇想の横溢するファース

『アララテのアプルビイ』
漂流の果てにジャングルの島に到着したアプルビイたちは、奇妙な殺人事件と思いがけないトラブルに巻き込まれていく。ブラックユーモアに満ちた異色作。
正統派の本格ミステリーだけではなく、イネスはユーモアとウィットに富んだ"ファース"の名手でもあった。文学の素養を下敷きにしつつ、奇想天外な――読者の予想をことごとく覆すような――展開を繰り出すファース作品群は、本格ミステリー以上にイネスの奔放な感性を示すものに違いない。スリラー小説のヒーロー"スパイダー"が現実世界に現れたとしか思えない珍事が頻発する『アプルビイズ・エンド』にせよ、著者が奇想から編み出したプロットを楽しみながら綴っていることは明らかだろう。その到達点とも言うべき『アララテのアプルビイ』では、ナチスのUボートの攻撃を受けた客船が沈没し、アプルビイを含めた6人の乗客たちは筏で太平洋を漂流することになる。やがて彼らは南海の孤島に辿り着くものの、そこでメンバーの一人が殺されてしまう。こう書くと閉鎖空間モノの犯人探しに見えそうだが、これはそんな明快な物語ではない。読者の予想を次々に裏切っていく長大なブラックジョークであり、そのユニークさは――波長の合う読者には――強烈なインパクトを与えるに違いない。まさにイネスにしか書き得ない知性と哄笑に満ちた"珍味"なのである。

日本オリジナルの短編集

『アプルビイの事件簿』
スコットランドヤードのアプルビイ警部が活躍する9編を収めた短編集。警部から副総監への出世ぶりも大きな見所だろう。
イネスは既成の文学に"奇妙なモノ"を混ぜることでユニークな世界を創造する書き手だが、短編には比較的オーソドックスなものも多い。本国ではアプルビイものの短編集が3冊刊行されているが、日本では『アプルビイの事件簿』が(実質的に)唯一の短編集。名警部が探偵役を務めるオーソドックスな物語が揃っており、イネス作品の入門書としても格好の1冊と言えるだろう。とはいえ――短編で"直球"の力量を味わったら、ぜひ"変化球"のユニークさとキレにも触れて欲しいところだ。

【関連サイト】
マイケル・イネス…マイケル・イネスの略歴と作品紹介です。
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