多才の人・矢作俊彦

『マイク・ハマーへ伝言』
警察に殺された仲間の仇を討つため、マイク・ハマーと仲間たちは首都高速に罠を巡らせる。ネオハードボイルドを代表する鮮烈なデビュー作。
1980年代は「冒険小説の時代」とも呼ばれている。大沢在昌、逢坂剛、志水辰夫、北方謙三――そんな錚々たるメンバーが1980年代初頭に登場したことで、冒険・ハードボイルド小説は大きなムーヴメントを巻き起こした。いわゆる新本格が誕生し、読者の多様化が進行する以前、冒険・ハードボイルドは国産ミステリーの主軸だったのである。そんな一連の流れに先駆けて、独自のハードボイルドで人気を博していたのが矢作俊彦だ。今回はそんな著者のプロフィールと作品を見ていこう。

矢作俊彦は1950年に横浜で生まれた。17歳の時に『コミックサンデー』で漫画家デビューを果たし、ダディ・グース名義で活動するかたわら、1972年に「抱きしめたい」で小説家デビュー。1977年に初長編『マイク・ハマーへ伝言』を上梓し、1980年には大友克洋と『気分はもう戦争』を合作。1983年には司城志朗との共作『暗闇にノーサイド』で第10回角川小説賞を受賞した。1990年代には映画監督やエッセイストとしても活躍し、1998年に『あ・じゃ・ぱん!』で第8回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を獲得。2004年には『ららら科學の子』が第17回三島由紀夫賞、『ロング・グッドバイ』が第23回日本冒険小説協会大賞に選ばれている。

衝撃的な初期作品

『気分はもう戦争』
米ソの引き起こした「中ソ戦争」に参加するため、3人の日本人は旅立つことにした。ユニークな着想と風刺が横溢するベストセラー・コミック。
矢作が1977年に発表した初長編『マイク・ハマーへ伝言』は、スリリングな復讐劇を綴ったニューハードボイルドの記念碑的名作である。友人が首都高速からの墜落死を遂げた――という話を聞いたマイク・ハマーと仲間たちは、隠された真相を突き止め、警察への復讐を果たそうと決意する。クールな文体と感性、作中に封じられた熱気などは、初刊から30年を経た現在も全く古びてはいない。男たちの友情とカーチェイスは読者の心に強いインパクトを残すはずだ。

『気分はもう戦争』『童夢』『AKIRA』などで知られる漫画家・大友克洋と矢作の共作コミック。冷戦を装いながらも結託しているアメリカとソ連は、アジアに戦争を起こして新世界を構築しようと企んでいた。やがて中国とソ連の戦争が勃発し、3人の「戦争がしたい」日本人が現地に向かおうとする。1980年代の世界を背景に、コメディタッチで戦争と日本人を揶揄してみせた掛け値なしの傑作だ。矢作が原作を務めたコミックとしては、他に『気分はもう戦争2』『サムライ・ノングラータ』『鉄人』『ハード・オン』などがある。

次のページでも矢作俊彦の作品を御紹介します。