本格ミステリー界の鬼才・石持浅海
アイルランドの宿屋で武装勢力の副議長が殺され、観光に訪れていた日本人化学者が殺人犯を暴く。特異な舞台を生かした記念すべきデビュー作。 |
秀作揃いの連作短編集
石持は長編・短編ともに多くの傑作を生み出しているが、特定のパターンを踏まえた(シリーズとしての)謎解きと、少しのデータから意外な真相を取り出すテクニックが最大の武器に違いない。そのことは著書の約半数を占める連作短編集にも見て取れる。"対人地雷"というモチーフから多彩な謎解きを編み出した『顔のない敵』、日本古来の諺や風習を題材にした『人柱はミイラと出会う』、酒宴での謎解きが身内の恋愛に帰結する『Rのつく月には気をつけよう』などの単行本では、1つのパターンを繰り返すことで独自の世界が構築されている。これは第2長編『月の扉』の続編にあたる短編集『心臓と左手』、人間そっくりの知的生命体を探偵役に据えた『温かな手』などにも言えることだ。議論を軸にした"密室劇"を好む書き手だけに、概してアクションには乏しいけれど、そのぶん高密度の推理が詰まっているのである。次のページでは2冊の"シチュエーション・ミステリー"を御紹介します。